Mary Mottley&Sheila LeSueur

メアリはトクヴィルの配偶者。
トクヴィル30歳の時、周りの大反対を押し切って結婚。
というのは、彼女がイギリス人で・中産階級で・プロテスタントで・年上だったから(トクヴィルはフランス人で・お金持ちの貴族で・カソリックで・6歳下)。それと身体も弱く、性格が可愛いというよりもウイットに富んだというものだったこともあるのかもしれない。
トクヴィルが結婚後のスイス旅行の時に出した友人への手紙によると、旅行の辛さ(メアリはかなり体調が悪くなり、途中、行程を変更して一人で温泉療養し、旅を続けたトクヴィルがあとから迎えに行った。トクヴィル自身もプリプリしていることが多かった。)から逆にお互いを知ることができて、あらためてこの人と結婚して本当に良かったと思う、ということを書いていて、その後もおおよそは幸福な結婚生活だったようだ。

メアリ個人についてはアメリカ人のSheila LeSueur のこの記載が最も詳しいかもしれない。
先に触れたように、日本語版のウィキはメアリはトクヴィルの3歳上と書いているけれど、これはシーラさんによるとトクヴィル村にある彼女の墓に刻まれた生年がそもそも間違っていて(なぜ?)、だから、のようだ。
シーラさんの記載内容を私はもちろん検証していないけれど、8年をかけて一つ一つの場所(生まれた病院、洗礼受けた教会、結婚した教会、墓等々)に足を運んだそうで、これら固有名詞は信頼できるし、ファクトに添えられた彼女の文章は非常に感動的だ。
ちなみにシーラさんは1923年生まれの看護婦でライター(2冊本を出している)。ご存命であろうか。

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遠山敦「丸山眞男―理念への信」講談社

池田信夫さんのブログで紹介されていたので本屋で立ち読みしてみた。
丸山真男関係では最も平易できちんと書かれている本、かなと思って買った。
丸山は現代の日本人だから、直接本人の著作を読めば良いのだけれど、ただ、すでに学生運動のころというのは時代の空気がわからなくて、だれかに鳥瞰してもらったのを読むのが必要になってる。
著者の遠山は未知だけど、東大の助手から三重大学の教授。専攻は倫理学・日本倫理思想史。

本多静六「成功するために必要なシンプルな話をしよう」三笠書房

著者は日比谷公園を設計をした人ということで、区立日比谷図書館の本屋で平積みされていた本。面白おかしく1時間ぐらいで読み通せる。
タイトルや見出しは品がなくていけませんが内容はたしかにシンプルで良かったです。
町の寿司屋のデカイ湯呑茶わんに書いてあるような内容。
ところどころ声に出して読みあげて、ニヤっとしてみたり。
「知識はちょうど小鳥のようなもので、目の前に飛んできたときに捕えて、かごの中にいれておかなければ、飛び去ったが最後、もう自分のものにはできない。」
ということでメモるのが大事、というような内容が書いてあるわけですね。
日比谷公園は大好きだし、これも翁が作った福岡市の大濠公園も私の10代のころの記憶に鮮やかに残っているので、人となりを知る機会があって良かったです。
こういう処世訓というのか湯呑茶わん能書の本は多いのだけど、本多翁は若い時代に金銭的な苦労をして、学問で身を立て、人の役に立ち、財をなし、配偶者に恵まれたために変な恐怖心がなくて、そのあたりでシンプルな精神構造になっているから、書いていることにも嘘がなく、つまり自分の矮小さや恐怖心を隠す必要がなくて痛快な書になっている。

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にげかえる

大木裕之の映像を見てきました。
「彩りの彼方へ」は18歳のときに駒場祭で上映するためにクラスで作った8ミリ。バンドやってる男子が精神衰弱的になるという話で、外部とコネクトしようとしつつも内側に取り込まれてゆく心象を映像にしてました。
「みつめつつユみ」は上映直前に編集が終わったばかりの、震災後の福島・岩手や中国の辺境あたりなどを手持ちカメラで撮って短くつなげた映像。
両方とも熱心に内側に入り込もうとする題材で、しかも答えを措定してない。

1本目から少しおかしいと思ったのだけれど、2本見終わって気づいたら明らかに映像に酔ってました。
先日、佐藤優の文章に酔ったのに引き続いてなので自分の状況を把握できましたが、今回はさらに激しかったです(デトックス効果あり)。
たぶんこれは、映像そのものだけではなくて、作家自身の質量にあてられたようです。
結構頑張って18歳のマインドをトレースしようとして疲れたところに、質量がある人が感覚器を開いて撮った画はこちらに差し迫ったものを突き付けてくるし。
とくに私はフィールドワークをしない人ばかりの業界にいて、野性的質量(≒殺気 w)に慣れてない、そ、ざんねんながら脆弱なのですね。
そういえば、こういう自分の脆弱性はちょうど18の頃に自のキャラとして受容したのでしたね・・・。

フィールドワーク。
すこしトクヴィルを読み始めて、彼の凄さとか人間的な面白さとかを味わい始めています。
トクヴィルは家柄良いし、頭も良いし、そういう必要条件に恵まれた人なのだけど、歴史的に目覚ましい業績をなしえたのはどうやら彼がフィールドワークの人だったから。
旅行をして、人にあう。人に会って貪欲に教えてもらう。
彼が友人への書簡でハウツーを述べているのが興味深くて、知っていることでもそういうそぶりをしないで先ず聞け、と。無知を知への手法として使えと。
それからトクヴィルの配偶者にも興味を持ちました。ちなみにウィキではアレクシより3つ年上と書かれていますが、多分これは間違い。少なくとも6歳は上。

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メメントモリ

今年は金環日食が観測された年としてタグ付られた。
今年の出来事は日食の年の出来事として記憶される。
たとえば300年後、このうちどんな記録がのこるのか。
媒体はほとんど駄目だろうから、だれか和紙に墨で書いて保存するとか、石に刻めよ。

メメントモリ、
死を思えとか死を忘れるなとか。ラテン語。
たぶん古代では、この言葉はブランドの服みたいに使われたんだろう。戦士がスタイリッシュなものを追い求めるようにと(ヤマモトヨウジなんてまさにメメントモリ)。
いわゆる宗教がやってきて死と生を結びつけると、福音の一部としてメメントモリは使われた。
日本でも状況は同じ。
ここで私はこの死をおもうことを広く「宗教」と定義します。絶対性が宗教の要件と聞いたことがあるけど、個人にとって死は絶対的対象(なんだろうなあ、と各個人が認識している)だからなんとか許される抽象化では。

津田大介「動員の革命」中公新書ラクレ
読んでみたら予想より濃い内容だった。予想より読むのに時間がかかる。しかもファクトも充実してるので、読み捨てる本ではないのでした。
津田さんは以前も以後も変わらないのがいい。いつまでたってもキタナラシイ金髪で、いい。
うろたえつつ開き直るところも、いい。

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わにが1匹、わにが2匹、わにが・・・

未明に目が覚めて眠れなかった。
和仁先生はなぜに本を書かないのだろう。
本を書かないということは、後世に知を明示的に託すことをしないということだ。
意識的に書かないのか、それともこれから書こうとしているのか。
和仁先生は世界を信用していないのかなあ。
それとも、社会科学の外に心が移ったのか。
和仁先生はミヒャエル・クンツエと接点があるのではないだろうか。あるといいな。

木村栄一「翻訳に遊ぶ」岩波書店
スペイン・ラテンアメリカ文学翻訳家のエッセイ。
好書。

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和仁陽「教会・公法学・国家」東大出版会

末弘厳太郎つながりで和仁陽(わにあきら)を読み始めた
(和仁は末弘のちょっとしたプロフィールを書いている)。
茂木健一郎がクオリア日記やいろんなところでこれほどの天才を見たことがないと、縷々書いているのが和仁だ。
興味がなくてこれまで読まなかった。
このたび調べたところ、和仁が書いているのは、たぶん標記1冊だけ。1988年の助手論文がもとになっている翌89年の書。すでに絶版。
現在2012年、和仁は49歳。東大准教授。ちょっと変わった、文献学みたいな授業をしているようだ(ニーチェのような?)。

ということで読み始めたよ。
はっきり言って単語がわからない。ドイツ語はわからないし、テクニカルタームがいくつもわからない。絶望的。ちなみに本書はもちろん日本語論文。
でも、ある程度はわかる。
たぶん(本書執筆当時)25歳の和仁はわかっててこれを書いてる、というのはわかる。
たとえればですね、
ニーチェとか日本語訳で読むじゃないですか、すると誤訳かどうかそういうレベルも検証できないのですが(私は)、とにかくこの日本語書いている人はわかってないというのはわかるわけです。ニーチェと同じ程度に思考してないとニーチェの翻訳はできないと思うのだけど、それをしてない(正確にはたぶんできないのだろうスペック的に)というのはわかる。
また、最近トクヴィル関係をちらちら見ていますが、多くの学者が英語の翻訳のトクヴィルを読んで論文書いてるのですね(原典はフランス語)。これではトクヴィルの言に直接触れたとはいえず、誤訳がなくても小さなニュアンスの違いが積み重なってどこか決定的に何かちがってくることになるのではないか。
つまり、思考の深さとスキル(語学とか歴史的素養とか)の両輪がそろわないと外国の人の考えをわかるのはむつかしい。
私は全く語学もできないので、ほんと床屋談義の域を出ないのですが。
ただ、和仁は両方を備えてて本書を書いてる、というのがなんとはなしにわかる(25年をはるかに凌駕する年月を生きてきたおかげで)。
そして、とにかく面白い。
こういう類の面白さは、これまでジジイの文章ばかりで読まされてきた。いぶし銀も悪くはない、しかし本書は瑞々しくて、しかも真摯。なかなかない素晴らしさがある。ゆえに面白い。
本書、私は国家と宗教について知りたくて読んでいるのだけど、現時点、宗教というのは個人が当事者性を持つための唯一の手段で、その当事者性が喪失された時に国家も滅びる、と私は考えていて、そのあたりを確認したいのだけれど、たぶん刺激を与えてくれそう。
あ、それと編集の担当は羽鳥和芳と記されています(現 羽鳥書店)。

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ロイズ石垣島 黒糖チョコレート

ロイズ石垣島 黒糖チョコレート

この味、akikoさん好みだと思うわ、と言われていただいたロイズのチョコ。
本当に私好み。おいっしいっ~!(^^)!
はっきり黒糖、でもなめらか、くちどけ鮮やか。
どうもありがとうございます!

湯郷将和「タマイ・キサクの冒険」を通読(詳細はこちらの方が詳しいです、多謝!!)。
これは面白い。
玉井喜作は1866年うまれ。
大黒屋光太夫のように不慮でロシアにたどり着いたのではなく、行かなくてもいいのにわざわざシベリアを横断してドイツに勉強をしに行った。
読み始め、タマイって単なるバカでは?と思ったけど(ウラジオストクで賄賂をせびる警官を半ば無視ししたため投獄される、という場面から本書は始まるのだ)、いやいや、この人は愛すべき好奇心旺盛なパワフル&チャーミングかつ頭脳明晰オトコだったようだ。同胞人はもとよりロシア人・ドイツ人等におりおりにとても大切にされている。
シベリアの悪条件を往くのは彼にとって単に過程に過ぎず、お金が無くなれば得意のドイツ語を生かした仕事をしつつ前に進んでゆく。ひどい痔にに悩まされたりしてて、リアルに玉井の辛さが伝わってくる。
首尾よくドイツにつき、ジャーナリストとして活躍しつつ明石元二郎の手伝いもしたり。シベリア横断よりも人間関係が濃密になるドイツ時代が非常に興味深い。
玉井は妻と子をドイツに呼び寄せるも、40歳で客死する。

玉井の情報についてはこちらが詳しい。
玉井の日記等も読むことができ大変素晴らしい。

玉井は日清戦争日露戦争のころのヨーロッパにいた。その緊張感がいかほどだったか。
図書館に返す前に再度読む予定。

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いまこそトクヴィル

末弘厳太郎(すえひろいずたろう)の「嘘の効用」は私のベストオブベスト。人生を決めたこの1冊、というもの。
最近読み返して、あらためて頭をガンガン殴られてる(冨山房百科文庫)。

「婚姻は人間の性欲を基礎とした制度である。」

言い切ってんのね(笑)。いちいち言い切って、“思う”とか言わないのさ、ガン様いずたろう。
瞬間瞬間腹切りながら書いている風がもう面白くて。
寂聴の記事が日経に載ってたけど、ガン様読むともうどれもダメだなって思う。弱い、弱すぎ。世を嘆きながらやることは“現状を記しておく”か。

学生時代に読んでよかったと思うのは、この末弘厳太郎とシェイクスピア。神話とか宗教関係(聖書とか)も一通り読んだという経験は良かった。
ぎゃくに読むべきであったのにと感じているのはトクビル。
学生で読んでもわかんなかったのは確実。
でもシェイクスピアもわからずに読んで読み方が変わる自分を発見できるのが素晴らしいわけで、リトマス試験紙はたくさんあった方が面白い。
今からでも遅くない、とにかくトクヴィルです。

大澤武男「ヒトラーの側近たち」ちくま新書
ナチ話ですがビジネスマンにも役立つような人間関係のお話。なぜヒトラーが多くの人を殺すことになったのか、それは彼1人ではできず多くの周りの人々がそういう流れを作り、かつストップをかけられなかったから。
ドイツ在住の著者によると、少なくとも日本よりはドイツは過去から学んでいて、だからEUオンリーワンの優等生にもなっているらしい。

不可解でならないのは、「なぜユダヤ人皆殺しなのか」という問いに対する実質的な根拠、理由がなにもないということである。それはウソと偏見とでっちあげでしかなかったのだ。にもかかわらず、それは実行されてしまったのである。この問いに対する答えはない。われわれはただ「唖然」とするばかりなのである。「事実」だけが生き残り、人類に警告を発している。(149ページ)

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砂漠と存在

週刊東洋経済の5月19日号「トップの肖像 小林喜光/三菱ケミカルホールディングス社長 しがらみにとらわれない大胆な発想と決断。その原点には20代の頃、シナイ半島の砂漠での衝撃的な風景体験がある。」が面白かった。
人はなぜ生まれて生きて死ぬのか、が了解できた…というと語弊があるだろうけど、小林さんの感覚はわかった。

東洋経済に書いてあったのは、
仕事でやや行き詰まっていた頃、新婚旅行で訪れた砂漠で黒いショールの女性が黒いヤギを2頭連れている風景に出合いその“存在”感に衝撃を受けた、
ということ。
なんも驚くようなことではない、求めてる人にしか見えないものを見ることができました、という話。
つまり、事実としてどんなことがあったのかは問題ではなく、少なくとも小林さんはその風景を自分にとって特別のものとして捉えている、というところが大切。渇望があって、自分で答えを見つけた、という経験を大切にしている、そういう部分の能力がある人ということが。

やっぱ砂漠、砂漠だよね・・・と思って機会を得てサウジアラビアの話を聞いてきた。
残念ながら首都リヤドの風景は凡庸で、行こうとしても行けない場所、以上の興味はそそられることはなかった。
まあ、すでに“存在”を見たいという年ごろは過ぎていて、存在そのものになることを渇望してるのでもういいんですが。
その場の人々は楽しくて良かったです。ヴェトウィンの人は土産物売ってるのしか見なかった、とか言われてしょげましたが。

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前途多難

世の中なんだか乱れてるし、個人的にもこれまであまりにノホホンとやってきたし、相対的に前途は多難であるような気がする。
一瞬、うーんと困惑な気持ちになったものの、これはとても私にとっていいことなのかもしれないとの予感。
このままノホホンで死ぬのは生物としてまずかろう。やはりこのあたりで生命のホノヲを燃やしておかんとなあ。
神様グッジョブ。

佐藤優「自壊する帝国」がすごく面白い。
面白すぎて仕事も毎日早く切り上げて家に帰っている。
でも、もったいなくて少しずつ読んでるという・・・。
ソ連崩壊の、これはノンフィクションなのか、創作も随分混じっているのだろうけど、まあ大枠事実なのだろう。
扱ってるのはソ連崩壊ではあるけれど、これは日本のことを書いているんだよね。
日本、かなりやばいよ、と。

“国家は事実上の国教をもたないと内部から崩れる。”(303ページ)

このサーシャ君の言葉が本書のキモなんだろう。
深く学ぶ、深く考える、そういうことが国の内部で確かにあって一定の共感をえていること、個人個人が当事者意識を持つこと、これが必要。

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