国立西洋美術館「クラーナハ展」

クラーナハの画というよりも、クラーナハという人とその時代の雰囲気、そして西洋美術館の演出の仕方とかが興味深い展示でした。

クラーナハの画自体は諸星大二郎に似ていると思いました。
女性の表情や姿勢、画面全体の作り方、観る者との距離感の取り方、といったところが諸星っぽい。
諸星は日常のなかの不安を捉えるのがうまいのですが、クラーナハは聖書や歴史の中のエロスを捉えるのがうまい。どちらも表面的に見えている部分から一歩内側をのぞき込もうとしていて、さらに、両者、画の中の登場人物が観るものにアイコンタクトしてきたりして共感を持たせる画面作りができる。
諸星大二郎がクラーナハや中世・ルネサンス絵画を学んでいるということもありうるのですが、この相似性は自然発露なのだろうと思います。
基本に画の技量があって、そこに超自然的題材と観る側の大衆化という時代背景が関係しているのではないかと感じます。

本展覧会のポスターになっているユディットは修復後の初公開ということでした。
たしかに、以前の画像を見ると髪の毛がパッサパサのすすけたユディットでしたが、今回来日した彼女の髪は光輝いていて若々しさがありました。
修復技術、すごいですね。

来年はルターの「95論題」が公開されて500年の節目にあたるということで、500年というのをキャッチーに使っていますが、クラーナハと500年は直接関係ないです。
およそざっくり半千年紀前の画ですよ、という意味しかありません。

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クラウドアトラス

映画版はたぶん、予備知識のないまま見たほうが面白いと思います。
私はAmazonFireTVをチェックしてて、ウォシャウスキ監督ということだけで期待せず見たのでした。2013年に公開されていることも知りませんでした。
映画を見てからネットでの情報に触れたのですが、ロジャー・イーバートの評 は良かったです。たしかにこの映画は言葉にならない、わからないままでいいのだと感じます。予備知識があると、そういう混沌感が十分に味わえません。

アマゾンの紹介文:
『マトリックス』3部作のウォシャウスキー姉弟がトム・ハンクス、ハル・ベリー主演で贈るSF超大作。19世紀から24世紀まで6つの時代と場所で6つの人生を生きる男を主人公に、500年間の6つのエピソードを圧倒的な映像で描く。

ちなみに、ウォシャウスキは現在は姉妹になっています。

原作はデイビット・ミッチェルの小説(河出書房新社刊あり)です。
映画と小説では、物語の進行の仕方も違いますし、ストーリー自体がそもそもかなり違っています。
映画は小説をとてもうまくエンターテイメントに仕上げたのだなあと感心しますが、あまりにハリウッド的なステロタイプなのは、あえてなのかどうかよくわかりません。
映画のストーリに疑問を持ったときには小説を読むと納得できると思います。

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7 Reece Mews, London SW7

7 Reece Mewsは画家フランシス・ベーコンのかつてのアトリエ(動画)があった場所。
内部のアトリエはダブリンに移転され(2001年BBCニュース)、いまはベーコン財団のオフィスになっている模様。
建物の外観を眺めてベーコンが歩いた街並みをたどるだけでも、とグーグルマップを見て行ってみたらこうだった。

Greendoor

扉等が深い緑色に変わっていた。
いや、実は写真を撮る直前まで、2人の若い男性がペンキを塗っていたのでした。
ベーコンがらみであれば、何がしかがあるであろうとの予感があって、それが実現されたような気がしています。

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フランシス・ベーコン@テイト・ブリテン

ロンドンにベーコンの素描を見に行きました。

9月までテイトのリバプールで大規模な展示をやっていて、それがドイツに回っていて、スペインのグッゲンハイムでは別の大規模な展示があって、
ということで、ロンドンからベーコンは払拭されてしまったようなこの時期、残っていた素描13点を予約して見てきました。

動画の順に下記の通り。いずれも1957-61の作。

Cross-legged Figure with Arms Raised, No. 2

Man on a Bed 

Nude Reading 
Cr
oss-legged Figure with Arms Raised, No. 1
Figure with Left Arm Raised, No. 1

Bending Figure, No. 1

Fallen Figure 

Figure Lying Flat

Figure with Foot in Hand 

Seated Woman 

Man on a Sofa

Head

Figure Lying, No. 1

単に、幸せでした、という話。

ちなみに、予約の仕方です。
テイトのサイトで作品を検索すると「 View by appointment」という表記がされているものがあるので、それらの具体的な作品番号等を記載して美術館にメールしたところ、これこれの日程でどうでしょうと返事がもらえました。
研究者である必要はなく、住所・電話番号・氏名をノートに記載するだけで、費用も掛かりません。
触れることはできませんが、写真動画は自由に撮影できるのは、展示されている作品と同様でした。

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資生堂ギャラリー「Les Parfums Japonais ―香りの意匠、100年の歩み―」@銀座資生堂ビル地下

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1917年「花椿」と当時のフランスの香水瓶。

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そして、ふたつのシルエット。

このころのフランス パリはどれだけのかがやきがあったのだろう。
そのかがやきを見てきた資生堂の初代社長が、アートとビジネスを両立させるべく製作したのがこれらの香水瓶。   
100年という時がガラスに閉じ込められている。 

IMG_0308 
これらはフランスの香水瓶。
光の演出で100年の時が解き放たれる。 →動画

 

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葉っぱの上の水滴の中に香水瓶が閉じ込められている、その様を腰を折って覗き込む、というコンセプトとのこと。   
暗くて、時間とスケール感を幻惑させる。

最近の商品や、見たことのある香水瓶もいくつかあった。   
山口小夜子がモデルだった「禅」。   
私は子供だったから、手の届かないような大人の美しい世界だった。
いまや小さなガラスのドームの中だけに残る世界。

Les Parfums Japonais ―香りの意匠、100年の歩み―」
会期: 11月2日(水)~12月25日(日)
会場: 資生堂ギャラリー
〒104-0061
東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階
Tel:03-3572-3901 Fax:03-3572-3951
平日 11:00~19:00 日曜・祝日 11:00~18:00
毎週月曜休(月曜日が祝日にあたる場合も休館)
入場無料

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アトゥール・ガワンデ「死すべき定め」みすず書店

死は、たぶん100%の人が経験することだ。けれども、その経験を先人から伝え聞くことはできない。知りたいと思っても自分で経験してみるしかない。
初めて、死がその距離を狭めてきたとき、私は死を直視することさえできなかった。
自分と死の関係性が密接になることが信じられず、この状況は現実ではないように感じていた。
死は、その気になれば私すべてを飲み込み、私は私のすべてを何もかもを失う。そのような絶対性に私は馴染みがなかったのだった。
いったん遠ざかったように見える死は、去ってしまったわけではなくてやはりそこにある。次に彼の影を眼前に見るときには、きっと現実のものとして認識することができるかもしれないと、少し楽観的な気持ちが今はある。

さて。
死すべき定め」は、私に死の姿を満足できる形で見せてくれた。
多くの人の死への過程が、論文の紹介であったり、医師としての記録であったり、父をおくる息子としての体験であったりと、様々に描かれている。
現代の先進国で最も多いであろう、子供もしくは幼児・乳児のような扱いを受けた後に、医療機関で一定の延命を施されてから訪れる死。それは、私自身がたどる確率が高いものでもある。
敬意と配慮をもって、容赦のない真実が記述される。
100%の人は死ぬ。死は静かにゆっくりとやって来て、人の能力を奪いながら深く深く浸食してゆく。

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ

絶対に人は死ぬ。
死は絶対の存在であるということに、いま生きている私はどのように対応すればいいのかを、私は思い悩んできた。
しかし、そこに正解はないのだ。死は何をもってしても必ず訪れるから、何をしても等価値に無意味だ。
ただ、死につながる生においては何をするかは意味がある。そこでの判断主体は私自身なのだから。
死は私たちに絶対を見せてくれる。絶対は人の存在をはるかに超えて在る。
宗教が死と結びつくのは、死そのものが絶対の存在だからだろう。
人は死によって絶対を知ることができる。

私はねむい。

そうだった。
この本は死を描いているとともに、死にゆく人に対して我々が何ができるか何をすべきかを描いている。むしろそちらこそが本書の主題なのだ。
著者は医師だからこのようなスタンスは当然かもしれないが、医師でない一般の人であっても死は自分の問題として、また、最も親しい間柄の人の問題として直接そこにあるのだから、対処し解決すべき対象なのだ。
この点において本書は、社会システムの改革、マインドセットの刷新、個々人の情報収取に大いに資する。
ただ、死をリアルとして受け止めることは難しい。医師である著者でさえ、みずからの父を送る段においてはその難しさを自覚させられる。
ここが問題解決を困難にする最初の最大の要因だ。
そして、この難しさには勇気(現実に向き合う強さ)で臨むしかないと著者はいう。
私もそう思うし、本書はその勇気を体感させてくれるのが素晴らしい。

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takeSomeCrime

何度見たかわからない。
I'm watching so many times.

演じることって何だろうとか、身体表現ってどういうこと、と考えながら自分が何を求めているのかわからなくて、ずっとずっとググっていて見つけたのが彼のダンス。
私は彼の表現方法が大好き。

カナダの空手キッズがyoutubeに動画を投稿して、takeSomeCrimeは誕生した。
日本語での情報はここが詳しい。インタビューも掲載されている。

上の動画ではわからないけど、彼の身体は大変に美しい。
美しい身体から最新の注意を払って動きが紡がれ、時間と音楽によってそれがダンスになる。

彼の膨大な動画ストレイジの中でも上記が特にお気に入りなのは、ダンス自体が広がり感があって宇宙をダイレクトに感じさせるのがすごくいいし、音楽もいいから。
A Selfish Man って曲のタイトル見て、太宰の「人間失格」が英語に直すとこれかなと思った。つかこうへいがビートルズの歌のタイトルから「郵便屋さん、ちょっと」を思いついたようなニュアンスという意味だけだけど。
それから、これはドバイ空港だと思うけど、このスィチュエイションも素敵。
彼はね、どこにでも自然に存在したいと思っているんだよね、きっと。ユビキタスを目指していて、それにほとんど成功していると私は思うよ。私は彼の中に神を見てるもの。

いつか彼の動きを目の前で見ることができると思っている。

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舞台 「The Curious Incident of the Dog in the Night-Time 」@ Gielgud Theatre

まったく予備知識なく見てきました。
ふと、お芝居でも観ようかとネットで演目一覧を見ていて、外れのないラ・ミゼラブルにしようかと思いつつ、いや、ここは少し冒険をしておこうと、タイトルのみで選んだのでした。
でも、劇場窓口に当日券を求めに行ったら、大きくトニー賞5部門受賞とか書いてありました、2015年作品賞・演出賞・主演男優賞・装置デザイン賞・照明デザイン賞!
しかもその後ググったら、原作本があって日本語訳が早川文庫に入っていて、日本で映画も翻訳劇も公開されているという、たいへんメジャーな作品だったのでした。
私が見たバージョンのトレイラーもありました。

動画からもわかるように、床とそれを囲む3面の壁面が電気仕掛けで光ったり一部がせり出したりハイテクノロジーな舞台で、それ以外の舞台装置はほとんどなくて、いくつかの箱のようなものをシーンごとに家具だったり電車の椅子だったりに見立てていました。
そして、俳優があるシーンではベットになったり扉になったりと舞台装置になるのは、不思議な鮮やかな印象がありました。

ストーリーとしては、
15歳のクリストファーはアスペルガーでお父さんと2人暮らしをしています。
ある夜、隣の家の犬が殺されているのを見つけ、パニックになったクリストファーは犯人扱いをうけてしまい、自分で真犯人を探すことにします。
探す、ということをしているうちに、実はお母さんが生きていてロンドンに住んでいることを知り、一人電車に乗ってロンドンに行き、お母さんに会いました。
というシンプルなものです。

完ぺきに魅了されてしまいました。
お芝居としてとんでもなくよくできていましたし、加えて、私自身が初めて一人でロンドンを訪れていて主人公クリストファーの心理に自分を重ねることができ、しかも当日券は最前列だったので舞台のふちに腰かけるシーンなどは目の前に役者がいて、お芝居を見ているというよりもその場に居合わせているという感覚に浸れたからでしょう。

演劇というものは何なのか、ずっと考え続けてきました。
ほのかですが初めて腑に落ちる感覚を得ることができました。

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泉屋博古館 「明治有田 超絶の美―万国博覧会の時代」

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内覧会に参加してきました。

 

いわゆる有田焼にはあまり関心はなかったのですが、万博を冠しているこの展示ではきっとハイエンドの有田を見ることができるのかもしれないとの期待を持って参加しました。   
そして・・・、よかったです、あれらを見ることができてよかったなあとしみじみ感じています。

 

当日は、泉屋博古館のコーディネーターの森谷美保さんや展示作品のいくつかを所蔵している九州陶磁文化館の鈴田由紀夫さんの話が聴けたのですが、その熱い語り口にまず心揺さぶられてしまいました。

 

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とくに鈴田さんがおっしゃっていた、獅子の持っている玉の部分がコロコロ動くというおはなし。   
参加者からは思わず「ほお」と声が上がりました。   
もちろん作品に触れることはできないので、鈴田さんの口調から想像するしかないのですが、参加者は心の中でこの小さな玉に触れ、自分の指で玉を回したような気持ちになっていました。

 

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機能としては全く求められていないこの様な部分に注力するマインド。
それはあまりに精緻に描かれた絵や完璧な造形から強烈に伝わってきます。

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写真では判りにくいのですが、手前の花瓶(染付蒔絵富士山御所車文大花瓶)は185センチほどもあります。
染付の富士山や山水の上に盛り上がっている御所車は蒔絵で描かれており、焼物としても異彩を放っています。
技術の高さがこの大きさを可能にしているのだということは、壺の前に立つと理解することができます。

   

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本展ではたまたま見つかったデザイン画も展示されています。
ひとつひとつの作品のクオリティはもちろんですが、展示の丁寧さを感じることができる点で極めて日本的な清潔な企画だと思いました。

会期は12月4日まで。
トークイベント等が興味深いです。
      
★ゲスト・トーク
10月22日、11月19日(土)15:00~16:00
「香蘭社に秘蔵された図案」森谷美保氏(美術史家・本展コーディネーター)
11月12日(土)15:00~16:00
「宮中晩餐会の食器と精磁会社」長佐古美奈子氏(学習院大学史料館学芸員) 
    
◆ギャラリ―トーク
9月30日(金)、10月14日(金)、11月4日(金)
15:00~16:00 ナビゲーター:森下愛子氏(学芸員)

◆ロビー・コンサート
10月2日(日)15:00~16:00  
演奏者:藤井黎元氏(津軽三味線奏者)

◆研究会 「現在に伝わる明治の超絶技巧(仮)」 
 (東京文化財研究所HPからの事前申し込み必要)
日時:平成28年10月17日(月)10:00~17:45(終了予定)
会場:東京文化財研究所地下1階セミナー室

(本ブログの写真の撮影と掲載は、主催者の許可を戴いたものです)

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自由な反逆のすゝめ

過日、誕生日だから何か本を買ってあげるといわれて、特になあと思いながらも本屋のカウンター前にあった本書を購入した。

私にとっては僥倖だった。

ポートレイトとごく短い言葉。
売るためではなく伝えるために作られたこの媒体のコンテンツには、私の内面に鋭く突き刺さってくるものがあった。

「自由」な「反逆」の「すゝめ」。
勧められるままにと思うのであった。

そう、この誕生日は畳みかけるように素敵な体験が続いた。
意外な人からスペシャルなプレゼントをもらったり。
最近、プレゼントをもらうことが多いのね、
以前はブツに化体させるというのがどうも苦手だったのだけれど、やっとそういうメンタルな煩わしさを吹っ切れたというところ。

いま、ずっと行きたかった場所への短期ステイのための準備をしています。
さまざまな煩わしさがとても面白い。
最初はエイジェントにお願いしてしまうつもりだったのが、ふと、自分でやることになって、これで旅行がうまくいけば、結果的に大正解ということになるね。

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