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片岡義男

『階段を駆け上がる』(左右社)刊行記念
鴻巣友季子×片岡義男 トークイベント「運命が生まれるとき」
・・・というのに行ってきました。
昨日の片岡義男は40代にも見えました。
でも、そんなはずはないので、いま確認したら70歳とのことでした。

片岡義男は風俗小説というか、まあ角川映画のイメージがこびりついてしまった感があるのですが、じつは日本の越境文学の先駆です。
20歳前後の私がもっとも熱心に読んだ作家で、論理でものごとを伝えることを知ることができたのは、彼のおかげです。
また、人には二種類あり、物語の主人公になれる人となれない人がいる、というのを知って20歳の頃の私は小さく覚悟を決めたのでした。

なにかの拍子に幻想やらが打ち砕かれ、過剰に反応する、ということが時々あります。
別れ話のもつれで殺人事件、とかです(笑)。
殺人には及ばないでも、失われた認識との整合性をとるための自己保存の作業はしばしば行われます。
そういう作業は私の中でもうなされないのではないか、それを確かめに今回のイベントに行ってきました。
(70歳の)片岡義男の話はそれほどには面白くなくて、でもそれはそういう事実として受けとめて帰ってこられる、というのを今回の成功パターンとして想像していたのです。

しかし、想像とは違い、単純に面白いイベントだったのでした。
一つ一つの言葉の選択、その発せられかた、論理の展開、等々、小さな挑戦が積み重なるスリリングな面白さがありました。
私は小説の力を見くびっていたのかもしれません。
片岡さんが、小説は「論理」なのだ、そして、言葉は責任を引き受ける構造なのだ、というようなことを言っていました。
たぶん、片岡義男は50年以上の文筆生活で、瞬間ごとに責任を引受けてきたのでしょう。
それと、物語は語る人にも発見があって、たぶん片岡義男はそれを求めて小説を書いているのだろうなあと思いました。
ああ面白かった。

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