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文月

今年も半分が終わってしまった。
早いのか遅いのか。
とにかく冥土の旅の一里塚をひとつづつ超えている。

楳図かずお「わたしは真悟」を20数年ぶりに読んだ。
楳図かずおは才能あるし好きなのだが、長編を書くほどの体力がない人だったことを思い出した。真悟も前半は素晴らしいが後半は失速する。プロットは良いのだけど、たぶん構想が広がりすぎて画を描きこみすぎて、そこに時間が費やされてしまって余裕がなくなってしまうのだろう。
エルサレムのシーンが東京タワーほどの緊張感をもって読むことができたら、と思わずにはいられない。
いや、とはいえ楳図は素晴らしいのだ。がしかし、カズオ・イシグロを読んだりしてしまうと、イシグロのは完ぺきに近いので、読み物とはすべからくかくあってほしいと思うわけである。

テレビをつけたら、大変に若い石橋蓮司らしき俳優が時代劇に出ていて驚いた。鬼平犯科帳(1971年製作)だった。
実際に石橋蓮司だったわけなのだが、これはとんでもなく面白かった。
良いモンと悪モンに分かれての太刀まわり、ここで負けるということは死ぬということなのだという、そこには良いモンと悪モンの差はないリアルを説得する力があった。演技もうまいのだが、演技とはいえない俳優や作り手自身のひととなりが、もう今とは格段にちがう。
蜷川幸雄が演出家としてできたころの演劇のちからが垣間見えたようだった。

弥生美術館で谷崎文学に出てくる衣装の再現をする企画展があった。
要はむかし着物の展示なのだが、存外にお客さんが多かった。こういう、いわゆる「おきもの」ではない自由な、でもちょっとオシャレな生活の中にある着物に関心がある人が多いということだろう。
でもこれはかぶいた着物の世界なのだから、これをまねて現代の日常に着ると「それはちょっと」の人になってしまうことに注意してほしいことであることよ。

手品を習いに行った。
これは面白かった。
心理学というか。

そう遠くもない親戚に、生まれて初めて会う。
これは人生で記念すべき出会いだった。

その前の週に、友達と明治神宮に行ったのは書いたっけ?
これもスゴイ経験だった。
その時に撮った写真をもらったのだけど、私の宝物になった。

書き出すときりがない。
たまにはブログを書かなくてはと思う。

ではまた。

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コメント

「わたしは真悟」は今年歳末神奈川芸術劇場で舞台になります。俳優は揃ってます。但し、演出は外人なので、大外れになる可能性もあり。

投稿: 叡 | 2016.07.02 02:06

楳図かずおはそのカオスっぷりが好ましいと思っていて、作品全体に濃厚に漂う違和感が魅力です。
そういう意味では、日本人ではない演出家の日本観をうまく活かしてくれれば、面白い演出になるのかなあと思いました。

投稿: akiko | 2016.07.02 06:24

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