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John Okada 「NO-NO BOY」旬報社

昨年末に川井龍介の新しい訳で出版された版。
第二次世界大戦直後のシアトル。自分の日本人としてのアイデンティティに基づいて徴兵を拒否した日系2世イチロー・ヤマダの物語。
 
「この小説が、日系アメリカ人の文学作品であるという前提は、極端に言えばなんら本質とは関係がない。」と
あとがきで川井が書いているのは正しい。
本作は、特定の時代や国民性を超えた普遍性を獲得している。
誰かが誰かを嫌悪し差別し社会が階層化されること、の悲しさ。
 
1957年、東京のタトル書房がこれを発行した時はほとんど評価されなかった。
直近の英語版の前書きを書いているRuth Ozaki によれば本作は bad English で文学ではないと評されたそうだ。人々は戦争のことを自己の体験としてはっきり記憶していて、他人の体験に共感できる余地のない時代だった。
しかし、時代は変わった。
時代は変わって、明らかに次のサイクルに入っている。新しい、でも、同じことの繰り返しの。
これは読んでおくべき本。
 
 

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