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スコセッシ「沈黙」

日比谷のスカラ座で。
良い音響と大きなスクリーンは心地よかったし、土曜日午前11時の回はとても空いていた。

予想を大きく上回る素晴らしい映画だった。
たまたま日本が舞台の映画だけど、それはあまり関係ない。
ほとんど最下層の人々を、こんなに美しく愛おしく映画にすることができることに感動した。
これはキリスト教とは直接関係がない部分だろう、どれだけ人を愛してきたか愛そうとしてきたか、それが画面に表れているだけだろう。

ふしぎな160分間だった。
常に静かな緊張感があった。
観客たる私は第三者的なカメラの視線で映画を見る。
カメラの位置は、いくつかの場面で神の視点を意識させはしたけれど、新規な印象はない。そして当然に悲壮な場面が多い。
しかし、俳優の演技を超えた優しさと慈しみが画面にたたえられていて、予想していたような残虐さは皆無だった。
原作を知っていると、あまりの落ち着きはらった描かれ方に一瞬軽く肩透かしを覚えるほどで、しかしその壮絶なはずの場面は、丁寧に描かれることで悲しみの感情だけが深く突き刺さってくるものに昇華していた。
こんなことができるなんて、私は少しも知らなかった。

俳優は、2人ほどを除いて特筆すべきを感じなかった。
それは必ずしも悪いことではない。
この映画では俳優はうまく演じることが求められてはいないのではないだろうか。
特定の人物や出来事ではなく、普遍的な人たるものの存在を描くためには、俳優が俳優として存在してはいけない。
この映画は、あえて言うなら、登場人物としては出てこないイエスを描いた映画なのだ。
出てくるのは、稚拙な宗教画、踏み絵のすり減った磔刑図、言葉も真にイエスのものなのか定かではない、しかし、これほどにイエスの存在を近くに感じられる映画。
私はイエスを思って泣いた。

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