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2017年3月

読んだ本

木原善彦「実験する小説たち」彩流社
:「物語るとは別の仕方で」表現する17の小説が詳しく、加えて数十が概要、紹介されている。とっつきにくい実験小説を読んでみる気にさせてくれる非常に良い本。
著者が翻訳しているハリ・クンズル「民のいない神」は私のお気に入りの小説で、これも概要が紹介されている(「クラウド・アトラス」と同様のサンドイッチ構造の小説として)。もうちょっと詳しく、翻訳者がこの小説をどう感じたかの手掛かりになるようなものを読みたかったのだけれど、自分が表現過程に関わっているがゆえにあえて触れないのかもしれない。
なお、「クラウド・アトラス」はストーリーがつまびらかにされていて、あの上下2巻を読まずとも読んだ気になることもできるほど。でも読書としての面白さを体感するには読まないとだめだけどね。
この木原の本を読んで、個人たる人が物語を創作することで何かを表現しようとか他人に伝えようとかするのには、もう私はあんまり興味がないのだなと思った。

ノーマン・ドイジ「脳はいかに治癒をもたらすか」紀伊國屋書店
:同じ著者の「脳は奇跡を起こす」講談社インターナショナルの直近情報版。2冊とも、脳の可塑性について様々な症例を上げて実証しようとしている。
もちろん可塑性の根拠となる成功した症例しか紹介されていないので、例えば脳卒中による身体不随が訓練によって確実に回復できるものかは読者には評価できない。ただ、従来、脳の機能は局所的に既定されていると理解されていたものが、必ずしもそうではなくて、かなりの高齢になっても(65歳のペドロ・バキリタの症例等)脳というものは必要な機能を新たに担う準備をしているのだな、とは了解できた。
これは私にとっては非常に興味深い情報で、脳が変わるとは人が変わることだといえるだろうから、つまり、高齢になっても人は良くも悪くも変わるのだということだ。また、使わない部分は脳の機能も失われてそれが固定化するので、変わり続けることで可変的な柔軟性を保つのが必要なのではないか。変わるということに脳が慣れている状態にしておくべき、ということを考えたりする。
この辺の本はよく読むのだけれど、ジュリア・ショウ「脳はなぜ都合よく記憶するのか」講談社は珍しく読むのが無駄と思った本だった。単なる読み物。

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ジョルジュ・ディディ=ユベルマン「イメージ、それでもなお」平凡社

今年に入って目を通したもしくは眺めた本は、数字的には200冊を超えている。
そのなかで最も読み返したいのは標記である。
先に標記書籍を読んで、私は自分がフランスの戦後というものを全く知らないことを知った。その後、細々と背景情報を構築しつつある。
たとえば、映画「ショア」を見た。もう一度、本書中のショアと映画「ショア」についての記載を読んだときには、きっと何かが有機的に合成されるだろう。
いま私のテーマは「イメージ」だ。
イメージとはなにか。
言葉にできないこと、具象化できないこと、それを取り出して指し示すことができないこと。
ベーコンの画が、ある種の共感を持ちうるとするなら、それはイメージの力だ。
言葉の存在が再構築されている。
1944年9月4日にレジスタンスに渡った写真フィルムとメモ。
メモの最後。「われわれの考えでは拡大した写真はもっと遠くにまで届くはずだ。」

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