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ナショナル・シアター・ライブ「夜中に犬に起こった奇妙な事件」@シネリーブル池袋

お芝居を撮影して映画にしたもの。
去年、ロンドンで見たお芝居が映画になるとどうなるのか、確認したくて見に行きました。
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映画は、私の見たバージョンとは違いましたが基本的な脚本や演出は同じで、改めて良くできた素晴らしいお芝居だと感動しました。
そいて、やはりお芝居は生のお芝居を見るほうが数倍よろしいとも思いました。
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このお芝居が素晴らしいのは、有限の中に無限を感じさせるところです。
結局われわれは2つの小さな目玉で見たりした情報を1.5キロ程度の肉の塊であるところの脳を使って処理して世界を認識しているわけですが、そんな情報処理はわれわれを閉じた空間に孤独に閉じ込めているのではないのだ、と気づかせてくれます。
原作が良いのはもちろんなのでしょうが、ごく自然に次元(時間・空間・舞台と観客)を超える脚本が素晴らしいですし、その脚本を目に見える形で舞台に実現させたこの演出の信じられないような巧みさよ、であります。
お芝居を初めて見たときは、どんどん話が展開していくし、英語だし、最前列だったので舞台の上の見えない部分もあって、気づかなかったことがたくさんあったのだと、今回映画を見て判りました。クリストファーと両親が手を合わせるあのコミュニケーションはミケランジェロの「アダムの創造」(ETではない)だから、あんなに貴い感覚があったんだなあとか。
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ジャコメッティ展にも行きましたよ。
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死ぬのに良い日とはいつだろう。
長生きすれば良いとは全く思わないけれど、死ぬことの意味も分からないままに死を経験するのは勿体ない。
あと智慧ではあるけれど、ジャコメティがあの細っこい彫像にたどり着く前に死んでいたら、やっぱり勿体ないと思う。
ああジャコメティね。
存外に感動がなかった。どこかにポーズというか他人の目を意識してこうなった感が私には感じられた。
サージェントの、クライアントのための・クライアントを意識した画、というのとは全く違う種類の意識。
ある種のフランスっぽさが私には合わない。
私自身は、平均余命に達するまであと数十年あるのだけれど、そろそろいいかな、という感覚がある。
ここはとても面白いところだけれど、人生が舞台で我々は役者だとつくづく思う。
そして死はジョーカーのようなものだ。プレイヤーの中に必ずあり続ける厄介な札だけれど、使い方次第では最強。笑

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コメント

臭覚!
それは興味深いです。
押し寄せるような暴力性を想像していますが、孤独の感もあるのかもしれません。
どこかでかならず観ます、楽しみです。

遠藤利克は画像を観ただけでは、なにも認識していないのと同じです。接近して初めて判る物量感。タールの焦げた臭い!

遠藤利克はあの存在感が気になっていますが、まだ観たことがありません。
埼玉近代美術館の企画は知りませんでした・・・、うーん木曜日までなのですね。
次の機会が得られればと思います。
いつもどうも有難うございます。

akikoさんには埼玉近美でやっている。
遠藤利克展ー聖性の考古学ー
が向いているでしょう。8/31迄

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