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2017年10月

オットー・ネーベル展

渋谷の文化村にて。

10月7日から12月17日までの会期なのでまだ人出が少ないのか、お昼過ぎの会場は大変に静かで申し分ない環境だった。
そして展示は素晴らしかった。
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未知のオットー・ネーベルは内側深くに響く画家だったし、同時代人として展示されていたシャガールの画も、その良さに初めて強く心を動かされた。
とはいえ何でもかんでも良いと思ったわけではなくて、いくつか掛けてあったカンディンスキーとかクレーはやっぱりたいして良いと思えなかった。もちろん良いのではあるけれど、世の中の評価ほどに良いかといえば、別になあ、というところ。
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ネーベルは山田正亮で溜まっていたフラストレーションを昇華させてくれた。
彼の色の探求は山田よりずっと共感できるものだった。
山田は画を描こうとして色を探っていたように思える。けれどネーベルは真実を見つけようとして、かすかな痕跡さえ見逃さないようにしていた。そして、何か手掛かりを見つけるとそこを突き詰めていった。
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なぜクレーがこれほど日本で重く扱われるのかは良くは知らない。
しかし、ネーベルがビックネイムではないのは、作品の厳しさと、たぶん彼自身が厳しく妥協しない性格で、もちろん作品のマーケティングなどしなかったからだろうと思う。
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今回の企画ではネーベルは「スイスの画家」と記載されている。
でも彼は生まれも育ちもベルリンで、1933年、40歳のころナチスドイツになるときにスイスに移って、ベルンで80歳で亡くなった人だ。
俳優を志すも、第一次大戦で従軍して西部と東部で戦い、イギリスの捕虜となって、帰って来て戦争の恐ろしさを詩作している。たしかに画家としてはスイスにいるときに開花するわけだが、彼のマインドは完全にベルリンっ子なんだろう。
スイス生まれで、20歳前にベルリンに行ってナチスの台頭でスイスに戻ったクレーとは、全く違う。

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負けの吸収の仕方

アトミックブロンドを見る前にダンケルクを整理しておかなければなるまい。
ノーランはこの歴史的事実を映画にしたいと強く意欲したのだと聞いている。個人的にはそのこだわりが何であったのかを知りたくて映画館に行ったわけだが、それは思うに負けの吸収の仕方はどうあるべきなのか、ということなのだろう。
そもそも何が負けで何が勝ちなのかという評価の点も問題なのだが、それはさておき、負けの場面をどうとらえるかは現実のなかでは大変に難しく、それを映画という客観的な「作品」にすることでとらえ方の一例を示す、という手法を試してみたのが本作ではないか。画になりにくいものをいかに画にしてその真価を説得的に描けるか、これまで成功体験を獲得してきたから、観客と作り手たちの信頼を得てきているからこそできる画期的な作品(成功体験を獲得するとその踏襲に陥ることが多いのに、そうはならず困難を目指して成功しているところが画期的)。

映画の終わりのほうのハイライトシーン(イギリスじゅうから民間船があつまってくるところ)ではつい「ああ、私はイギリス人で良かった」と思ってしまったのだが(おいおい)、私は生粋の日本人なのでイギリス人気質は持ち合わせていないし、それに、ダンケルクという地名もこの映画を見るまで知らなかったから、イギリスでこの歴史がどのように認識されているのかも知らない。
ただ、イギリスは勝ち負け問わず自国の関わった戦争を詳細に分析して後世に残すということをやっているし、チャーチルは古代からの戦記を丹念に読んでいた。だから、映画に描かれているような、この作戦は成功しなかったけれども我々は戦い続けるのだという俯瞰するマインドはとにかく存在はしているのだろう。そして、そういう国としてのマインドとともに、負けの状況で個々人が往々に直面する生きることと正義が必ずしも両立しないミクロの場面での判断手法。私はこの個人の判断様式を細やかかつ自然に描いていることに心を動かされた。
こういう個々人の葛藤はもちろん初めて描かれたわけでない。けれど、ダンケルクでの描き方は、オハナシもしくはオトギバナシではないリアルな私たちの生きる姿を映し出している点で格別に貴い。
私たちが生きるということは、それは私でいることを諦めないことであり、つまり、極限の状況でも思考を停止せず、考えることから逃げないで不可知は不可知として認識認容して次に行くということだと映画では言っている。リアルな生において、ぎりぎりまで私自身でいるということの表現方法は個々人で異なる。でも、「私」であらねば私がここにいる価値はないという強い信念は、名誉なりという言葉で共有される。
とはいえ、こういう考え方が絶対的に正しいのか、それはわからない。ヒトと昆虫と何が違うのか、一緒じゃないかということになれば、また違う考え方もある。
私個人の嗜好として、ダンケルク的な思考は正しいと感じている。

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「アトミック・ブロンド」

たぶん今年の私のベストワンだろうと思ってる、まだ見てないけど(今度の金曜日が封切)。

たくさんでてる予告編を見れば全体像はほぼほぼ想像がつくし、サウンドが1980年代のヨーロッパっぽさを醸していて、いやもうこの映画のターゲットはまさに私でしょ、というくらいの映画、かなと。藁の女。
アトミックというのは主人公自体が最強兵器という意味とともに、80年代が核の時代だったというのも言っているわけで、サウンドトラックの歌詞にも原子爆弾がどうのこうのというのがいくつもあるし、あの時代の雰囲気とともに、一周してきた今現在の感覚もあわせて描かれているのだろうなあと期待する。
女性のアクション映画がニュートラルな視点で描かれている(男性向けセクシー路線でなく、という意味)のも、とても良い。
セロンという女優がいたから成立する映画ではあるけれど、とにかくこういう映画が成立する時代であることを私は喜んでいる。

ハーヴェイ・ワインスタインがあっという間に公職を追われている。
そういう時代。

押しつぶされるような感覚で過ごしていた。
承知の上でそういう感覚に身を置いて、なんとか自分の力を信じられるようにと意欲して、ヒュージなプレッシャーは常にあるものの、それが当然のものとして感じられ、本質的な負担にはならず日々を生きられるようになってきている。
Pet Shop Boysの「LEAVING」をふと聞いて、やっと意味がわかったと感じて、嬉しさを覚える。
今この日本に生活することは、ほぼ死ぬことを忘れて過ごすことになるわけだけど、それはホントじゃなくて、死はいつもそこにある。
とにかく嘘の生は私はいらない。絶対にいらない。

.I know enough's enough

and you're leaving
You've had enough time to decide
on your freedom
but I can still find some hope
to believe in love

Our love is dead
but the dead don't go away
They made us what we are
they're with us every day
Our love is dead
but the dead are still alive
in memory and thought
and the context they provide

I know enough's enough
and you're leaving
You've had enough time to decide
on your freedom
but I can still find some hope
to believe in love

Our love is dead
(Our love is dead)
but the dead are here to stay
(Don't go away)
They made us what we are
(That's what we are)
They're with us every day
(Oh, every day)
In darkest night
(In darkest night)
their memory keeps us strong
(It keeps us strong)
and if our love is dead
(Our love is dead)
it won't be dead for long
(No, not for long)

I know enough's enough
and you're leaving
You've had enough time to decide
on your freedom
but I can still find some hope
to believe in love

Believe in love
Don't go away


去年ぐらいから、臭覚が敏感になっている。
これも加齢のゆえかと思ったら、いや、臭覚は加齢によって逆に衰えるもので、突然臭覚が衰えたようなときは5年以内に死亡する確率が高い、などという楽しい記事もあったり。

街の匂い、場所の匂い、空間の匂い。
混然とした抽象的な何かの匂いの中から突然知覚される既知の片鱗。
そして、この片鱗が目で見て認識していた世界を瞬間に解体させる。
なぜ私はこの匂いを知っているのか、何の香りなのか、この香りにどんな記憶が結びついているのか。
脳の深いところに降りてゆく。
ああ、なんてエキサイティングな感覚。
食品や香水の匂いはやはり特別に刺激するものがある。
パトリック・ジュースキント「香水」をまた読んでみようと思った。
先日、ドイツ人が、ノーベル文学賞の発表直後だったので小説の話になったのだけど、ドイツでは翻訳作品ばかりが読まれているのだ、と言っていた。
ヘッセぐらい前の人だと読者もいるけど、最近はパトリック・ジュースキントの「香水」ぐらいで(あれもひどかったでしょw)、ドイツには作家はほとんどいないと言っていた。
ほんとかな。

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IMAX「ダンケルク」@Tジョイプリンス品川

IMAXで見てみたくて、2度目。先に2Dで見た記事はこちら
1度目よりは余裕を持って、しかも緊張感を持続して見ることができた。

10年以上前、新宿高島屋の東京アイマックスシアター(18m×25m/スタンダードサイズ1:1.43)で数本見てからIMAXが大好き。
3Dと2D・IMAXなら、3Dは遊園地的なエンタテイメントになってしまうから、映画そのものを味わうには2DでIMAXのほうがずっといいのでは、と思う。

去年の夏にできた品川のIMAXは、新宿にあったモノより画面は小さい(16m×22m)。
映画が始まるまでの予告編やらの段階で前面を覆うように広がる画面の大きさにもなじんで、(海外の30メートル四方のような画面とは違うだろうけれど、)国内の他の数メートル大きい画面との比較では、それほどは差はないのかもという印象。
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画面への没入感は自然にリアル。
2Dよりも臨場感は5割増しかな。
IMAXで確認したかったのは銃声。
私は本物の銃声を耳にしたことがない。でも、丸の内で見たダンケルクでの音はなんかリアルっぽかった。
比べて品川のは、たしかによりシャープな気はしたけれど、正直なところ思ったほどの差はなかったのだった。
むしろ、IMAX画面はクリアなので、カメラワークの巧みさが強く感じられて、逆にリアリティという点では低減していたかもしれない。
もし戦場にいたら、たぶん視線はもっともっと無駄に彷徨うのではと私の脳は感じていて、合理的に不安感を描くカメラワークに違和感があったのだろう。
オーディオファンがCDではなくビニールにこだわるのと似ているかもしれないし、単に私の年齢がそう感じさせているのかもしれない。
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ダンケルクはセリフが少ない。
必要以上に少ないといってもいい。
毛布を配っている男性はめしいだったのだと、なぜ主人公は言わなかったのか。
語られるヒーローと語られない事実。

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重慶大厦

先月末、香港に行った。
街を歩き回っていた4日間だった。

思ったよりも英語の通じない広東語の世界で、でも朝の出勤時間の人の流れに溶け込めたような気になれたのはたぶんアジアの国だからで、それは楽しい感覚だった。
行ってみたいと思っていた重慶大厦(チョンキンマンション)は、カレーが妙に美味しいとの評判とともに、やはりカーワイの映画の世界の片りんを確かめたかったから。
初めての場所の何が真実の姿かは短い時間で知る由はなく、カーワイが描いた香港こそが私にとっての香港なら、この自分のイメージとリアルを重ねて検証してみたかった。

行ってみると地図のとおり建物はほんとうに繁華街の中心にあって、ここが本当にあの重慶大厦なのか信じられない。
ともかくときらびやかな入口から入ってみると、女子向けの化粧品やこぎれいな食堂のある一角にしか行けず、あの「巣窟」感はまったくない。
何か間違っているのか??
入ったところからいったん出ると、隣に別の小汚い入口があった。
こちらはインドとかパキスタンっぽい男たちがたむろっていて、入ろうとしたとたんに彼らが声を掛けてきて、あっという間に4~5枚のカレー屋のチラシを押し付けられた。
わぉ、ここが重慶大厦!と内心わくわくしながら奥に進んでゆくと、両替商がいくつも並んだ奥には携帯電話屋やハラルフードの総菜屋が並んでいて、左側にはA・B・C・Dとエレベーターが点在してる。
各2機づつのエレベータは奇数回どまりと偶数回どまりに分かれていて、もらったカレー屋のチラシとエレベータの前の表示を照らして見ると、どうもABCDのエレベータの区画は水平移動が出来ないようだった。

いくつもカレー屋があることはチラシの数で判ったので、さて、どこに行ってみるか。
まずは3階(イギリス式なので日本だと4階)にある店に行ってみる。
エレベータが開くとすぐにカレー屋から人が出てきて、寄ってゆけと言うものの、また来るね、と別も見にゆく。
いったんグランドフロアに降りて、別の区画のエレベータで上がり直して、3軒目のカレー屋がなんとなく良さそうで扉を押してみた。
綺麗な店内は、まるで東京の青山あたりのスパイス料理屋の雰囲気で、お客が誰もいないせいもあり広々としている。
結果的に、料理は非常に美味しくて、値段も東京よりずっと安価で、店主ともゆっくりおしゃべりできて、大正解の食事になった。
スパイスたっぷりのライスは多くて食べきれなかったので持ち帰りにしてもらった。
翌朝、食べてもやはり美味しかったので、やはりあれは美味しい料理だったのだろう。
モハメットさんは18年だか前に香港に来てここを経営しているとのことで、長くこの味を出せるのは凄いことだ。

食事の帰りはエレベータを待たずに店の隣に見つけた階段を下りた。
汚いとか不衛生とか、まあそういう場所だけれど、なにか画になる強い雰囲気があって、ここから物語が生まれる、カーワイがこの建物のどこかで映画を撮影したことがほんとうに良く判った。
もちろんカーワイやドリルは才能のあるクリエイターだけど、彼らを触発する重慶大厦なり街の力はたぶん30年前はもっと鮮烈だったのだろう。
個人的趣味としては、そういう鮮烈さにひりひりしながら生きていたいと思う。
それは、帰りの飛行機で見たドキュメンタリで、ニューヨークのファッショナブルなホームレス、マーク・レイが言っていたのと同じことなのだろう。

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