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ヨゼフ・ラツィンガー 三位一体の神についての省察

上記はサブタイトル。メインタイトルは「イエス・キリストの神」。
著者ラツィンガーはベネディクト16世で、すなわち前の教皇(現在は名誉教皇)。
ほぼ600年ぶりの生前退位(2013年)で、しかもその退位の理由が不可解だったので物議を醸していた(公式コメントは高齢による心身機能の低下、しかしそもそも教皇は終生在位が当然視されている)。

私が見たドキュメンタリなどによると、数百を超える小児性愛事案をバチカンが組織的にもみ消してきたことが、たしかに本件の大きな要因ではあるけれど、とどめを刺したのはバチカン銀行の不透明なお金の流れだったらしい。それらを教皇は認識認容していたと。
ハリウッドにおけるワインスタインの性的問題も、長年隠され続けてきたのが今年になって明らかになったのは、ニューヨークタイムズの記者がお金の流れで固めていったからだという(検察へのわいろ等)。
セクハラや性的な暴行、強姦等はなかなか立証や共感を得るのが難しいから、それを外形的に顕在化させるにはお金の流れで証明するのが良い、ということがよく判る。

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さて、本書はそのベネディクト16世の退位の前に出版されていて、教皇になる以前にドイツで一般信者のための講話として話された内容をまとめたものだ。
バチカンの、たぶん正当ともいえるキリストについての理解を垣間見ることができるのではないか、と思って読んだ。
日本語への翻訳は里野泰昭で、丁寧かつ意欲的で、美しい日本語となっている。
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私は原罪と三位一体はずっと考えてきていて、たいへんにシンプルで判りやすい説明方法だと思っている。
なのに、関係書籍を読むと、これらの基本概念は、単に人をカオスに突き落とすための道具に使われている。
三位一体とは、一が三であり、三が一であること、・・・こういう説明がアウグスティヌス以来とても多いのだが、けむに巻くのがキリスト教なのかという印象しか持てない・・・というようなことを本書も述べている。
ただ、全くの門外漢が好き勝手に言わせていただければ、結局ここに書かれている三位一体なりキリストなりは、バチカンヒエラルヒーの内部でのお話しであって、さらに上位概念としての真実を述べようとしたものではない。もちろん、聖書に従って書かれているけれど、その解釈においてバチカンの権威化が最終目的となっている。
神イコールバチカンと認識する段階においてはそういう解釈で良いのだろうけれど。
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本書を手元に置く価値があると思ったのは、4分の1程度の部分を占める訳者による三位一体の解説部分があるからだ。
歴史を論理的に記述しており、たいへんに素晴らしい記述だ。
この解説の著者である訳者里野は、東大工学部を卒業したあとは哲学や宗教の世界に身を置き、本書著者ラツィンガーの指導も受けている。かなり純粋にキリスト教の人、なのに、このような素朴で率直な問いかけと判りやすい回答を記すことができるのは、このひとが真摯に真実を見つめようとしてきたからだろう。加えて、日本人で工学部で学んでいるから、バチカンに対して客観的な視点を持ちうる素質があるのかなと。
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聖書を読むと、私は瞬時にほぼ2000年なりの時間(新約なら)を飛び越える。
書かれている内容はさておきで、そのトリップ感が楽しくてベットで聖書を開いてしまう。

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