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BBC「The Grammar Gameshow」

BBCの英語レッスンのプログラムが面白い。
クイズ番組を舞台にした文法のレッスンで、基礎的だし特別に役立つプログラムとは思わなかったのだけど、司会役のお兄さんの嫌な人っぷりが魅力的で数回見ているうちに目が離せなくなってきている。
さすがイギリス、さすがシェイクスピアの国。

英語のレッスンとしても、文法の基礎の確認をして、わかっていても瞬発力がない(読解できても会話では使えない)というところを訓練できる構成になっている。
しかも、回を追うごといつの間にかの思わぬ展開は、演技の力だけで不思議な世界を作り上げていて、文法の瞬発力の必要性が危機的に感じられるようになっている。うーん絶妙w。
そして、たぶんイギリス固有の皮肉的表現が時々出てくるけど、これはあえてセリフにしているのだろう。意味が理解できなくても、ニュアンスは推し量れて、ふんふんと思う。
BBCの英語の番組はユーザーに媚びずに日々進化している。それは、わからないという状態自体を保持したままに次に進むという、「イギリス経験主義」っぽくて愉快なのよね。
にしても、いったいどんな展開となるのか、オチはつくのか。
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承前。
絶望が鍵だとする私の発想は、たぶんコルベ神父の存在に起因する。
ポーランド人の神父(カトリック)で、政治犯としてアウシュビッツに収容され餓死刑に処せられた人。
彼の逸話として重要なのは、彼がほかのポーランド人の身代わりとして自ら望んで餓死刑に処せられ、その際ほかの9名とともに地下牢餓死室を祈りの場と変えて静かに死んでいったことだ(同じ状況の多くは錯乱死なのだという)。
私は曽野綾子や遠藤周作の本でコルベの存在を知って、どこまで真実かは知らないけど、こういう人がいてもおかしくないし、そういう人の存在こそが「奇跡」というものなのだろうと考えていた。
(ただ、これらの逸話が本当ならば聖人になっているはずなのに福者であるのは、一部検証されていないからならなのかな、とも考えていたのだが、のちに、列聖されて命を助けられたガイオニチェクもヴァチカンに招かれたのを知る。)
絶望から始まるなにものか。
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数日前、西部邁が死んだというニュースを見た。
彼がなぜどういう経緯で死んだのかは全く知らない。
知る由もないので、可能性を考えて感慨に浸るだけだ。
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コルベについては、彼はある種の幻影を見ていたのだろう。幼い時からマリアの声を聴いていたとか、日本に布教に来ていた時にマリアからの確信を得たとか、そういう話も伝わっている。
そういう内なる主観的存在との関係性に私は関心があるのだが、とにかく、彼は自身の死によって絶望を乗り越えたという事実があって、それこそが「奇跡」と呼びうるものだった。これはひとつの確かなことだと感じている。

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