« ことしを生きる | トップページ | 存在と時間 »

オンブラマイフ 陰翳礼讃

淋しさやはなのあたりの翌檜

正月の休みを過ごしての心持がこの芭蕉の句。
何が起きても、生きている限り私はサバイバーであり続けることができると思うんですが、いかがでしょう。

.
お正月なので、映画「細雪」を見た。ブルーレイにて英語字幕をひやかしながら。
パブリックな怒りをクリエイティブなエンタテイメントに昇華させる、もしくはプライベイトな怒りをパブリックに敷衍させる、そのエネルギーに心が揺さぶられる。
ヘンデルのラルゴのアリアがこの映画のテーマソングで、ときどき無性に聞きたくなる。
陰影礼賛という言葉だと重たすぎるのが、イタリア語の歌詞で愛おしい木陰を歌い上げられると(映画ではサウンドだけだけど)とても自然に谷崎の世界を感じることができる。
しかもこのシンセサイズされたサウンドが絶妙にこの映画に合っている(予告編でも使用)。誰がこの音を担当したのかと思ったら渡辺俊幸大橋鉄矢という人らしい。
.
当時の市川監督は、映画「炎のランナー」の音楽(ヴァンゲリス作曲)をお好きで、「細雪」の音楽に関しては、監督が指定したクラシックの名曲(ヘンデルのラルゴやパッヘルベルのカノンなど)をシンセサイザーのみで映像に合うように編曲して欲しいという内容でした。」
録音の大橋さんが音楽に関して市川監督の女房役のような存在で、監督の要望を聞いては、私に伝え、私がそれを元に編曲・演奏を繰り返し、砧の東宝の録音スタジオに泊まり込み状態に近い感じで何日もかけて作り上げて行った事を懐かしく思い出します。
.
そうか、炎のランナーから発想していたのか。
炎のランナーは走っているシーンをスローモーションで見せる画面にテーマ曲が重なる。一瞬という時間の流れをサウンドで表現している。
細雪も、自然の移り変わり、人々の加齢、蒔岡家の没落、戦争へ向かう、破壊へ向かう日本のなかの束の間を表現している。
ところで、
大河のような永遠とも思える時間の流れを、日本人は自然の移り変わりで感じてきたのに、その自然から離れて、しかもたいした宗教心もないとなると、どこで実感できるのだろうか。これは日本人に限ったことではないけれど、時間概念を喪失した存在は有機体としてはやばいだろう。
AIの最大の論点は時間軸かもしれない。

|

« ことしを生きる | トップページ | 存在と時間 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11466/66235030

この記事へのトラックバック一覧です: オンブラマイフ 陰翳礼讃:

« ことしを生きる | トップページ | 存在と時間 »