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ことしを生きる

1月1日。新年を迎えた。去年1年を生きることができた。
振り返ると、この365日の心理的長さに驚く。
ユベルマンの「イメージ、それでもなお」を読んだのは去年の初めころだったのだ、もう5年ぐらい前のことのように感じていたけれど。
仕事やらの日々のイベントが過ぎて行くのは早くて、あっという間に1週間が過ぎる。だのに、私の内心の深い部分の時間の進み方はとても緩やかに思えるのは、流れの時速が同じでも小川と大河では見た目の印象が異なるのと似ているような気がする。

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去年は9月はじまりの手帳を使っていたので、その冒頭はロンドン旅行の準備から始まっている。
旅行を受けて、1月に新規の方向性を半年内で決めることを決めて、4月から留学の準備を始めて、7月に外的要因でいったん延期して、宙に浮いた意欲を秋ごろからは半径50センチに振り向けて、成功体験を重ねている、いまココ。
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半径50センチへの意欲というのは、目の前の人との共感によって現状を変えて行くいうこと。
いわゆるパワーエリートが社会のヒエラルヒーの上部から、社会システムや法などによって変化を与えて行こうとしてるのは知っている。強制力だったり恐怖だったりで変化させる手法は全く否定しない。
ただ、私は私なりの手法でやってゆくというだけだ。
それは私独自の手法ではなくて、すでに2000年ほどの検証を受け続けてきた手法。
抽象的にはそういうことだけど、具体的には今年は数字を重視で行こうと思います。ありていに言えばキャッシュ重視。
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ところで、
去年観た映画でベストワンはアトミック・ブロンドで、最後に見た映画はカウリスマキ「希望のかなた」でした。

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