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2018年3月

アラン・アルダ 全米最高視聴率男の「最強の伝え方」 青土社, 2018

「個」の時代ということなら、本書は役立ちそう。

週刊東洋経済 2018年3月10日号の書評欄でタイトルを見て、日経とかビジネス系出版社の本かと思ったら青土社だった。
著者アルダは83歳になった俳優で、アメリカのテレビドラマM*A*S*Hに11年間出演し続けた人。
全米最高視聴率男、というのはそのM*A*S*Hが11シーズン続いた最終回での77%という視聴率が、いまもなお破られていない歴代最高ということからついたらしい。
けど、ちょっと見当違いかな(この見当違いがビジネス書っぽい所以)。

本書ではM*A*S*Hはほとんど関係なくて、PBSの「サイエンティフィック・アメリカン・フロンティア」という番組でアルダが司会をしてゆく中で、科学者たちの偉業と、それに比べるとあまりに彼らの情報伝達能力が低いことを知り、これは一肌脱がねばということで、科学的視点を入れて伝達力・コミュニケーション力の重要性とそれを獲得する方法を探ってゆくというもの。

本書中、私が一番興味をひかれたのは、「ストーリー」がいかに共感や説得の際に有効かという部分。
アルダはストーリーにおける「目的」と「障害」が共感を引き起こす力だという。
その説明として講演の時に、聴衆の一人に空のコップを持たせ舞台を上手から下手に横切らせる。コップを持たされた人は恥ずかしそうにニヤニヤしてしまう。
こんどは、下手から上手に進む。
その際、コップに水を満たして「慎重に運んでください。1滴でもこぼしたら村人全員が死んでしまうことになります。」と声を掛ける。
観客のだれもが、そんな村など存在せず誰も死んだリハしないことを知っている。しかしこの設定は、観客の注意をコップに引き付けるに十分なほど強力だ。コップの側面を1滴でも水がこぼれ落ちれば、観客の溜息が聞こえてくるだろう。」
たしかにそうだろう。
物語は私たちを引き付けて、時を超えて伝達させる力がある。
それはアルダによれば目的と障害という要素が共感を呼ぶからで、さらに言えば、障害があってもそれを克服する意欲があれば共感を呼び、共感は協力の基礎となり、障害を乗り越える契機となりうる・・・ということではないだろうか。
面白い。

また、アルダはコミュニケーティング・サイエンスという活動もしていて、そこで2012年から始まったフレームチャレンジも本書で取り上げている。
「炎」って何?という素朴な子供の疑問に応えるための企画からはじまったコンテストで、初年度優勝作品はフレームチャレンジのサイトで確認できる。
原子をレゴブロックで見せて、化学反応のタームを歌にしてしまう、こんなプレゼンをする人だったら一緒に仕事をしたいとも思わせる。

アルダが本書中で引用していたハース兄弟「アイデアのちから」は、さらに分析的に説得や共感の要因を述べている。
こちらもお薦め。

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イーストウッド「15時17分パリ行き」

お買い物をしていて時間があったので鑑賞。
一緒に行った配偶者は、途中2度ほど寝落ち。
でも、私は面白かった。
この映画は、たぶんメインのタリス事件は周知という前提で、そこではなくて若いアメリカ人男性たちの普通の日常とその現象面での飛躍との連続性を描いている。

とはいえ、映画では、AK47の銃口を向けられたスペンサー君が、最初の一発が発射されなかったから犯人を取り押さえることができたシーン、あそこがたぶんハイライト。
でもあれは、どういうことなのか、スペンサー君は軍隊の訓練等で弾が出ないことを知っていたの??
2年前の事件のときに一躍時の人になった彼ら3人は、今回の映画化でも再度マスコミに呼ばれて、トークショウ等で話していたのだけど、どこかの番組でスペンサー君が「a bad primer だったからラッキーだったよ」と言っていた。
え~、そうなのか、たまたま不発だったっていうことなの?それともカラシニコフはそういうプライマーが最初はいっているものなの?
とにかくラッキーだったわけだ。
スペンサー君は I kind of took a leap of faith at him. とも言っていて(テロリストに飛び掛かってみた、の意味で)、これは彼らがキリスト教徒だからなのか、それとも若い人でもごく一般的に言う言葉なのか、私にはわからない。
とにかく、この映画と事件と彼らのメディア露出、過去と現在と虚構と現実とが混然一体となって興味深い現象を見せてくれている。
世界は舞台、我々は皆役者、ということを、シェイクスピアとは逆の方向性から、観客の方向から現している感じがする。
ザ・シェイプ・オブ・ウオーターの感じ。こういうのなんて言うんだろう、パラダイムシフト???

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個の時代

ザ・シェイプ・オブ・ウォーターのアカデミー賞、ケンブリッジ・アナリティカの手法の暴露、トランプ文書のリーク。
今年は一つの分岐点で、時代は個に回帰するような気がする。

※ ※ ※

ザ・シェイプ・オブ・ウォーターの主題、それは「個」なのだと思った。
ホイト将軍のセリフ、部下のストリックランドに任務遂行を促すシーン。

 Our universe will have a hole in it with your outline.
 And you will have gone on to an alternate universe.
 A universe of shit.
 You will be lost to civilization.
 You will be unborn. Unmade. Undone.

 この世界にはお前という人型のぶんの穴ぼこができる。
 お前は別の世界、クソな世界にまで行って、
 英知のない、生まれず、創造されず、なされなかったものになる。

画面を見ながらワケわかんね、と思ってた。
要は、仕事しないと地獄に落ちるぞ、という意味なんだろうなあと。
映画の本編中にはshapeという単語は出てこない。
でも、この将軍の言う outlineという単語はshapeと同じだよね。
不定形な世界とか水とかの中で、わたしたち有機体は輪郭を持っていて、その分、世界や水はアナボコ状の形を保つことになる。
ザ・シェイプ・オブ・ウォーター=あなたの姿。
くわえて、最後の詩みたいの(12世紀のペルシャ詩人サナーイーの作を監督がアレンジしたらしい)。
これがこの映画の源泉なのかな。

 “Unable to perceive the shape of You, I find You all around me.
  Your presence fills my eyes with Your love, It humbles my heart, For You are  everywhere.”

 あなたの姿が見つからなくても、いつもそばにいるのがわかる。
 あなたは愛でわたしをみたしてくれる、
 あまねくあなたはいてくれる、だからわたしの心は穏やかに。

※ ※ ※

内部告発者によれば、ケンブリッジ・アナリティカはフェイスブックで複雑に絡む人間関係から大量のユーザの個性を判別して、それに合わせた情報を個々人に送り込む手法をだった。交差点で大声で話すのではなく、ひとりひとりにささやく手法。
イギリスのメディアによれば、情報の取得も個々のターゲットに合わせてカネ・女の子・弱みを握るという方法で、CAの形跡が残らないようになされたらしい。
個から仕入れた情報で個を類型化して個ごとの情報を送る。
広告としては、技術的にマスではなく個々に焦点を絞ることができるようになり、それが世界を動かす、そういう時代。

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ザ シェイプ オブ ウォーター

R15+。ぼかしが1か所、それのないアメリカ公開版はR18+レベルらしい。よくわからない基準だ。

だがとにかく、これは結構大人の映画だ。
恋愛映画と思って軽い気持ちで見に行くと、思いがけずバッサリやられる。
オープニング。主人公の女性の夢の中なのだろうか、漂う家具、漂う彼女。
もうそこからどっぷりと物語の淵に落ちいる。
物語の世界に浸って、するすると滑るように目の当たりにする彼女の日常。
距離感を保ちつつ、つまり個人としての節度を保ちつつ、観客は彼女の内面を深く知る。
科学研究所の清掃の仕事をしているイライザは、アマゾンから連れてこられた半魚人と恋に落ち、命がけで彼を助ける。
イライザの深く強靭な内面。半魚人の存在、彼らの恋・・・これらが驚くべき説得力をもって描かれてゆく。
一つ一つのセリフが詩のようであり、かつ、力強い。
各々の登場人物がその瞬間まで生きてきた、その生命力が言葉になって具現化している。
そうかな、とは思ったけれど、ゲーリー・ウエストファルによれば、出てくる名言の類は監督の自作らしい。レーニンが「死んだ魚は価値がない」とか言ったというセリフが出てくるけど、レーニンはそんなこと言ってないらしい。いろいろいろいろ、権利関係やらそういう点もあるのだろうけど、もう徹底的に物語を語ってやる、という映画になっている。
物語は1962年が舞台。この時代背景が分からないと理解できない部分があるだろう。
最後の古き良きアメリカ。半魚人映画が流行って、たぶんそれは原爆とかの恐怖が影響していて、人種差別があって、キューバ危機があって。
国家や社会やらのフィクションに頼って生きている登場人物達は、おのおの複雑で悲劇的な最後になる。
ここから何を導くことができるのか、そういうことはさておきの、生きること、物語ることの力を感じさせる映画。

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