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2018年5月

プリモ・レーヴィ「休戦」岩波文庫、映画「否定と肯定」

アウシュビッツから1945年1月に解放されて、10月にイタリアの故郷に帰るまでの数千キロの過程。
ポーランド、ウクライナ、ベラルーシ、ハンガリー、オーストリア、そしてイタリア。
絶滅収容所に入れられて生き残った人たちは、てっきり連合国の交通手段ですぐに自国等に帰国するなりしたのかと思っていたがそうではない、過酷な旅程。
平和な日本の私には話について行けないほどの複雑な旅程。

「否定と肯定」はペンギン社事件の映画化で、イギリスの司法システムや弁護士の雰囲気が解り易くて面白かった。
ただ、名誉棄損事件で被告側に立証責任が課されているのがアメリカと違って不合理という点が強調されていて、しかも、イギリスには推定無罪はないので、とあたかもすべての民事刑事事件で訴えられた側が自己の無罪を立証しなければならないとも受け取れるように表現されてしまっていた。
なぜ被告が自己の言論が名誉棄損に当たらないことを立証しなければならないのか、表現の自由の意味も名誉棄損の特殊性も説明されないまま、イギリスのシステムはちょっと変わっているけど、裁判官がきちんと判断しているなら結論としては良いのかな、というブラックボックス的な印象を見る人に与えるのは随分と宜しくない。

それと、本件はアウシュビッツでのユダヤ人殺害は組織的でなかったという原告の主張を証拠で否定してゆくのであるけれど、被告の法廷弁護士が実際にアウシュビッツに行って現場の確認をしているのがあたかも特別にスゴイ行動のように表現していたけど、そこは特別じゃないし、また、生き残りのユダヤ人に証言させると証人自身を傷つけるし裁判の進行としても失敗するという点も、感情論でまとめてしまって、これらもややがっかり。

娯楽映画というのはおよそこういうもの、とも解せるけど、ユダヤの人たちが広報というか、台頭するネオナチへの危機意識もあって制作された映画なのかと思う。
ネオナチ否定が前面に出て、その他の部分の事実確認や掘り下げが不十分なのかと。
ネオナチは本作よりも格段に浅はかなわけで、あえて2項対立的に情緒的にざっくり見せるのもそれはそれでいいのかなあと考えました。

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