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16歳の合衆国、ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります

先の連休に、いずれもテレビで鑑賞。

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「16歳の合衆国」はライアン・ゴスリングに似た少年が出ているなあと思ったらゴスリングその人だった。
監督は、重大犯罪を犯した少年たちと実際に接してこの物語を書き、脚本を気に入ったケビン・スペイシーが製作にも加わわっている。
無垢な白人少年が恋人の知的障害のある弟を殺害するも、その理由が本人にもわからないというストーリー。
最後は小さな転換があってオチがついて物語は収束する。
普通の子供が学校で銃を乱射したりして殺人を犯すのは何故なのかというアメリカ社会の問題意識があって、本作でゴスリング演じる少年は彼の繊細な感覚が悲しみを敏感に捉えて増幅させてしまい、耐えられなかったのだと語る。
突発的になされる自殺があるように、計画性なく理論的でなくなされる殺人があるのは判る。カミュの異邦人と主人公の相似性が映画中でも描かれていて、その不条理性に観客は共感を寄せることになるのだが、でも、それはちがう。

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「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」はダイアン・キートンとモーガン・フリーマンが夫婦で、リフトのないコンドミニアムで40年間生活してきたけど、年齢的に階段がつらくなって引越すために不動産を売却に入る、という話だった。
ニューヨークに暮らす人々、911以降の世界、年齢を重ねることについて等々が描かれて、観客はキートン演じるところの年齢を見事に重ねたスタイリッシュな主人公に共感をもつことになる。
しかし、たぶんこの映画は主人公の彼女に共感してはいけないのだ。

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「合衆国」も「ニューヨーク」も、主人公は主人公として成立する程度に主体性や魅力を持っているわけだけど、反面、彼らはとても自己中心的で社会性に乏しい。カートゥーンのように輪郭が明確だから映画の主人公としては描きやすいけれど、リアルに生きる人物としては浅薄で弱弱しい。
これは一体どういうことなのだろう。
これらの映画ではいったい何を描こうとしているのか、主人公たちは被害者なのか?そういう描き方は日本的だと思っていたけど、アメリカに輸出されてたのだろうか。
リアルに生きていない人々が映画の主人公になる。

私自身としては地面に足をつけて生きている感覚を持っていて、世界とのギャップを感じている今日この頃。

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