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2018年7月

16歳の合衆国、ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります

先の連休に、いずれもテレビで鑑賞。

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「16歳の合衆国」はライアン・ゴスリングに似た少年が出ているなあと思ったらゴスリングその人だった。
監督は、重大犯罪を犯した少年たちと実際に接してこの物語を書き、脚本を気に入ったケビン・スペイシーが製作にも加わわっている。
無垢な白人少年が恋人の知的障害のある弟を殺害するも、その理由が本人にもわからないというストーリー。
最後は小さな転換があってオチがついて物語は収束する。
普通の子供が学校で銃を乱射したりして殺人を犯すのは何故なのかというアメリカ社会の問題意識があって、本作でゴスリング演じる少年は彼の繊細な感覚が悲しみを敏感に捉えて増幅させてしまい、耐えられなかったのだと語る。
突発的になされる自殺があるように、計画性なく理論的でなくなされる殺人があるのは判る。カミュの異邦人と主人公の相似性が映画中でも描かれていて、その不条理性に観客は共感を寄せることになるのだが、でも、それはちがう。

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「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」はダイアン・キートンとモーガン・フリーマンが夫婦で、リフトのないコンドミニアムで40年間生活してきたけど、年齢的に階段がつらくなって引越すために不動産を売却に入る、という話だった。
ニューヨークに暮らす人々、911以降の世界、年齢を重ねることについて等々が描かれて、観客はキートン演じるところの年齢を見事に重ねたスタイリッシュな主人公に共感をもつことになる。
しかし、たぶんこの映画は主人公の彼女に共感してはいけないのだ。

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「合衆国」も「ニューヨーク」も、主人公は主人公として成立する程度に主体性や魅力を持っているわけだけど、反面、彼らはとても自己中心的で社会性に乏しい。カートゥーンのように輪郭が明確だから映画の主人公としては描きやすいけれど、リアルに生きる人物としては浅薄で弱弱しい。
これは一体どういうことなのだろう。
これらの映画ではいったい何を描こうとしているのか、主人公たちは被害者なのか?そういう描き方は日本的だと思っていたけど、アメリカに輸出されてたのだろうか。
リアルに生きていない人々が映画の主人公になる。

私自身としては地面に足をつけて生きている感覚を持っていて、世界とのギャップを感じている今日この頃。

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ネコノミクス

猫組長の本。
もちろんアンダーグラウンドは全然知らないけど、まあこれは本当なんだろうなあと思う。
ここまで想像を絶することが世界にはあるのだという、それを知っておく必要はある。

思考が杜撰で行動力だけはある人々が世界には大勢いる。
予想していたけれど、かなりグロテスクで、つらい本だった。
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今回マレーシアに行ったのは、結婚式のためということではあるけれど、ほかに、この国をチラ見しておく必要性があったことと、あのジャングルの風景を一目見てみたかったからだった。
レスリー・チャンがもっとも美しく、マギーが切ない、カーワイの珠玉の映画「欲望の翼」のオープニングはたぶんマレー鉄道からのジャングルの風景だった。ほとんど最後のシーンもマレー鉄道の車中。
湿度が高く息ぐるしい深い緑の、あの風景を体験したかった。
マレー鉄道に乗る時間はないなあと思っていたけど、いやいや空港からのエアポート急行の窓からは映画そのものの風景を見ることができたし、クアラルンプール市内でもところどころにジャングルが残っているのだった。
深い緑の下は思ったよりは快適で、木陰には爽やかな風が通ってゆく。ただ、蚊とかの虫が多いところはすごく多く、伝染病は怖そうだった(から、そういう場所には行かなかったよw)。
花様年華のトニーがアンコールワットで秘密を告げていたように、私もあの熱帯雨林に思いを刻んだ。
このジャングルの体験ができて、マレーシアに行った甲斐があった。
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去年、香港に行ったのも仕事がらみの切っ掛けではあったけど、香港の街、中でもカーワイの映画の多くの舞台となった重慶マンションに行ってみたかったのだった。
30年ぐらい前の撮影だから、もう全く別の雰囲気なのかもしれないけれど、とはいえ、場所は時間を記憶している。
カーワイは、ドリルは、とても才能があることは確かなのだけど、でもあの街あの建物ががあったからあれらの映画はできたのだと、場所のエネルギーの映画だったのだと理解することができた。

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マレーシア

マレーシアに行って、マレー系の結婚式に参列してきました。
たった5日間だけでしたが、多くの人ととても親しくなれました。
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マレーシアは日本よりずっと過ごしやすい気候でした。
日中の数時間は日差しがつよいものの、木陰に入れば涼やかで、朝晩も気温が下がるので、日本のような寝苦しいということはないのでした。
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言われているように人も良くて、ムスリムが多く信仰が生活に生きているので、気持ちが安定する雰囲気がありました。
定期的にお祈りがスピーカーから流れてくるのは、異国を実感しつつ、どこか物悲しい気持ちになりました。

今回は、日本を抜け出して国という概念を乗り越えて生きようとしている人とも会って、とても面白かったです。
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まずはそういうことで。

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