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「ゲッベルスと私」紀伊國屋書店

同じタイトルのドキュメンタリ映画の書籍版。

ナチス宣伝相で秘書をしていて、ヒトラーたちが自殺したあの総統地下壕に勤務していた女性ポムゼルへのインタビュー。
2013年2014年に収録され、2017年に映画と書籍が公開、ポムゼルは17年1月に106歳で亡くなった。
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ポムゼルは戦争のころ、若くてカワイイ女性だったのだろう。
彼女の容姿の美醜はさておき、いわゆる"カワイイ"だったのだろう。
彼女は本書で一貫して、私は何も知らなかった、私には罪はない、と言い続けている。
水晶の夜事件がいかに戦慄であっても、ある日突然いなくなった友人のユダヤ人女性については「きっとここでよりも安心な生活をしてるのだろう」と思い込み、ヒトラーのちょっとしたジョークを言った同僚が処刑されても、・・・彼女は私は何も知らなかったという、そしてだから自分に罪はないと。
いわゆる「合理化」という簡単な言語で理解してはいけない事実がここにある。
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本書に対しては、様々なスタンスがあるだろう。
本書には日本人監修者の文章も掲載されている。ハンナアーレントを引いて説明したりしている。無思想性を批判し、民主主義下でも類似の状況が起きうるという。
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ポムゼルは1911年1月生まれだそうだが、ドラッカーが1909年11月生まれなので、彼らはほぼほぼ同年齢だと理解してもいいだろう。
ドラッカーは14歳の誕生日の直前のある日、デモの隊列から離れた、そのときから彼は自身を「傍観者」として体現してゆく。
ポムゼムは1943年2月のゲッベルスの演説に際し自らの「傍観者」たるを認める(本書108ページ)。しかし、彼女は「ゲッベルスの真実の顔を私はゆっくりと発見していった。」(106ページ)だけだった。
ポムゼムはあの時代に逆らうということは直接の命の危険があり、それはできなかったのだともいう。
いいですか、問題はそこではないのですよ、ポムゼムさん。
あなたに、あなた一人に行動を求めてはいません。
あなたの自己欺瞞、あなたの逃避する精神に、同じ人間としてそれは間違っていると言いたいのです。
あなたは間違っている存在として歴史に刻まれます、ほかの多くの孤独な人々と同じように。
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ポムゼムが愉快な思い出として述べているのが、犬の話だ。
ゲッベルスがベネチアに滞在しているときに、飼犬が恋しい、とか言ったのを、側近が宣伝省に連絡してきて、大臣に犬を届けろ、ということになり、どうにかこうにか犬を飛行機で送り届けたら、ゲッベルスが激怒し、繊細なこの犬を飛行機に乗せて送ってくるなんて、とすぐに送り返した、という話。
ようは忖度という話。
どこかの国と全く同じ。
素敵な話。

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