« 変化の年 | トップページ

ボヘミアンラプソディ

やっと見てきた。
フレディ・マーキュリーの話なんていったら、もう見るのが当然で、有無を言わさず見てきた。
ほぼ予想通りという映画だった。
よくできてはいたけど、画面はあんまり見ないで、頭の中の印象と音声を合体させて見ていた。
だって、ホントのフレディのほうが100倍存在が強烈で、映画で劇的にしてもエッジが弱いなあと感じてしまうのだもの。仕方ないよね。

.
ただ、1点気になったのは、この映画すごくエロい。
性行為を直接描いている場面はないけれど、フレディのどうしようもない性への衝動が画面に現れていた。
これは凄いと思ったし、このゆえにこの映画は存在する意味があると思った。
で、なぜこの映画はそんなエロさを獲得できたのだろうか。
役者の演技のうまさではない。エロく演じようとして演じた、というのではない。そういう余裕のあるエロさではない、傷に塩を塗るようなエロさだもの。
これは、フレディという存在が役者に与えたプレッシャーが良い方向に働いて、エロさにつながったのだろうと思う。
このエジプト系の役者ラミマレックを連れてきて、良い方向にプレッシャーをかけたのは誰なのか、もちろんビジネスベースの仕事だろうけど、そこにボックスオフィスとは別に、フレディやクイーンに対する畏敬があったであろうことが感じられる。
そういう大きな規模の真実に向けられたプレッシャーは演技を超えた役者自身のぎりぎりの生を画面に映し出し、それは本作では性的なエロさになって伝わってきたのだろう。
伝えたいパッションが渦巻くという、良い映画のセオリーどおりの良い映画なのだ。

|

« 変化の年 | トップページ

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11466/67437499

この記事へのトラックバック一覧です: ボヘミアンラプソディ:

« 変化の年 | トップページ