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2019年1月

Happy New Year

本年もよろしくお願いします。

この休みにHPを1本作ろうと決めいていて、元旦に出来上がって、最後の最後にデータが消えるという、素晴らしい僥倖があった。
同じものを作る気力はなくて、ごくごく簡単なものを作り直して、30分で完成ということになった。
ということで、しょぼーく目的達成して新年が始まった。
今年はこういう方針で行こう。
とりあえず目的達成、しょぼくていいから 笑。
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ミスターロボットも第3シーズンまで全部見たので、もう一度見ようと思ったけど、最初のあの緊張感は当然得ることができず、よくできているとか、そうか、これは伏線だったのかとか思いつつ、モノづくりの方法的な部分を学ぶ。それにしても、このサウンドの使い方は凄い。
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ウィーンフィルの演奏が、久しぶりにクラシックを聴いたら、チョー良くて、心がどろどろと溶けてこれ以上溶けたらやばいとチャンネルをかえたら、ちょうど、どっちが本物?!みたいな番組でオーケストラをどっちがプロのオケでしょうかという場面で2つを聞かせてくれたのは、3段階のオケを聞くことができて面白かった。
アマは技術的にはダメでオケになっていないのだが、日本のプロは音が子供じみていて貧乏くさいので聞くに堪えない。ウィーンフィルは完ぺきなテクと豊饒な音を聞かせてくれる。
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去年、やっと幼年期が終わったように感じた。
それは、アブラハムがモリヤ山に行く前と後のような違いです。
「アブラハムのイサク献供物語」という330ページ余の本があったので、まずはざっと眺めたけど、たぶん要は定説はないし、だれも分かっていないっていう感じ。
哲学なら論理的に深く思考するするのも正しいが、宗教はもっと直観的に説得される部分があって、それがなぜなのか、どうして人はその物語や教義に心奪われるのかを探求して端的に提示すべき。まあ、子供向けに書く必要はないわけで、自転車に乗れない人に自転車の乗り方を言語で説明するのは意味ないけどね。自分で乗れるようになるしかない。
もちろん、宗教を主宰する側は、自己の教義を秘儀にして信者を獲得するという必要があるから、絶対に説明はしないというやり方は正しいのだけどね。
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幼年期が終わって、アートに耽溺しなくなった。
アートの価値がなくなったわけではないし、ウィーンフィルとか見ればやはり素晴らしいとは心底思うけど、アートは世界の部分にしか過ぎないのは、当然だよね。
バンクシーは良くてカイカイキキはダメな理由はそこだ。
理論的根拠は同じところもあるのだけど、バンクシーは明らかに変わっていっていて、成長していて、彼/彼女の社会性がどんどん具体的に力を持って行って、たぶんそれは多くの人の支援があって、ひとつの起爆剤としてバンクシーブランドを機能させたい人がたくさんいるからなのだろう。
要はコミュニケーション能力の有無。
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日本の、とくにビジネスシーンだと、コミュニケーション能力って、飲み屋の接客みたいな、音声が途切れないことだと思われている。もちろんアイスブレイクも必要だけど、それらは本質じゃない。
最近、ビジネスパーソンはMBAじゃなくてアートを学ぶべきだよ、という話があるけど、その話自体が単なる新たなビジネススキームに過ぎないから。でも、悪い方向ではない。私はMBAに行っておけばよかったと最近痛感してるけど。
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とにかく、
コミュニケーション能力というのは、まずは隗から始めよ、ここにある自分自身とコミュニケーションできなきゃだめで、それには「神」なり措定して練習しなきゃダメなのね。
そういうことで、ファイトクラブなりマトリックスなりそしてミスターロボットも人格が分裂したり、パラレルワールドが出現したりで、自己の内部とのコミュを図って、そのうえで外部とコミュできるようになるという構造のストーリーになって、それは人々の共感を呼ぶ。
「不安」というのは内部とのコミュができていない状況。
アートは「神」的に機能する概念。それ以上のものではない、「神」以上のものではない 笑。
神以上ったら、自分そのものしかない、自分は神と同値だから。神を超えはしないけど。
練習は終わったので、措定する「神」ではなくて、客観的な神を探しに行こうと思ってる、そういう新年。

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