江戸小紋を学ぼう~ その4

江戸小紋の染色工房、小林染芸さんから小冊子が送られてきました。
先日、取材を受けたときのものですので、参考にどうぞ、とのお心遣いでした。
4ページにわたる記事でしたが、江戸小紋の染めの作業の部分を写真でとってみました。
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作業の工程が7段階に分けて書いてあります。
つまり、
  ① 地張り
  ② 捺染(なつせん)
  ③ 送り星
  ④ 染め
  ⑤ 蒸し
  ⑥ 水洗い
  ⑦ 完成
です。

本文によると
『江戸小紋体験講座は、とてもおもしろい!
みんなでワイワイと作業する楽しさもありますが、それに伝統に触れた厳粛な気持ちも加わって何ともいえない充実感があるのです。
また、自分の手で染めてみて、初めてプロの仕事がどれほど高度な技術に支えられているのかがわかりました。染め物を見る目が少し向上する、これも収穫のひとつでした。』
とのことです。

以上、出典はすべて板橋区発行「板橋力(刊行物番号19-116)」より。

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江戸小紋を学ぼう~ その3

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江戸小紋のあまりぎれです。
色は実際はもっとずっと薄いやわらかいグレーです。

「江戸小紋の魅力は、遠くから見ると無地に見えて、そばで見ると身近で縁起の良い柄が無数に染められているという粋さではないでしょうか。しかも全く同じ柄でも、色によって20才から70才代まで、幅広く着れる良さがあります。逆に云いますと、色できる着物ということが出来、反物の状態で見るよりも、仕立て上げてご婦人が着たときによりよく見えるのが江戸小紋だと思います。
その色なんですが、昔と今とでは色調が全然違います。これは主に染料によるところが大なんですが、昔の染めはどちらかと云えばアクが強くて色が浅く、いわゆる焼けやすい色なのです。今は粒子がきわめて細かい含金染料を用いて、堅牢度が強く中間色で深みのある色を出しています。中間色で色味のある、というのは簡単なのですが、実際はなかなか難しい仕事で昔ながらの手で染めた良さを知っていただくためにも、このいい色を出すために苦心しています。」
(小林茂徳さん談)

「鈴鹿市の伝統産業「伊勢型紙」は1000年の歴史を有すると伝えられるが、その発祥は定かでない。ただ、室町時代の絵師、狩野吉信が型紙職人を描いていることから、同時期には職人がいたと推測されている。江戸時代に入ると、小紋染めなどの需要増大とともに、飛躍的に発展した。市では、江戸時代に白子屈指の型紙問屋だった「寺尾斎兵衛家」の住宅を修復し、由緒ある町家建築を紹介するとともに、「伊勢型紙資料館」として公開している。
 伊勢型紙を扱う「型屋」は、1753年(宝暦3年)ごろ、当時の白子村と寺家村に138軒あったと言われている。「寺尾家」は型紙の生産から販売までを行い、行商範囲も東北地方から関東一円に及ぶ白子屈指の型紙問屋だったとみられる。
 両村が徳川御三家の紀州藩に組み入れられたことにより、型屋は身分証明書などが藩から与えられ、さらに株仲間を組織して、大きく発展することになる。
・・・
伊勢型紙の職人は1955年、道具彫りの2人と、突き彫り、錐(きり)彫り、縞(しま)彫り、糸入れ各1人の5技法6人が、人間国宝の認定を受けた。市では63年から「伊勢型紙伝承者養成事業」をスタートさせ、先人の指導の下で高度な技術の習得を奨励。91年には同事業の修了者を中心に「伊勢型紙技術保存会」が発足した。さらに93年には、全国で12番目となる「重要無形文化財保持団体」に認定され、人間国宝だった職人全員が他界した現在、貴重な技術の伝承に努めている。 」
(2007年8月28日 読売新聞)

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江戸小紋を学ぼう~ その2

「あの気の遠くなるような、小さな柄の型染を“江戸小紋”と呼びますが、この名が正式に決まったのは、昭和29年だそうです。

しかし、江戸小紋そのものは、江戸中期に完成された型染で、武士社会ではことのほか愛されたということは、最近の時代物テレビを見てもよく理解できるでしょう。

江戸小紋という名がつけられる前は、ただ漠然と小紋型とか裃小紋、または一つ一つの柄を取り出して、鮫小紋、七宝、青海波などと呼んでいたようです。それが昭和29年、文化財保護委員会が江戸時代の技術をそのままに受け継いで染めている、小紋型染を、無形文化財に指定するとき、他の京都や金沢で染められている多彩色の小紋染めと区別するためにつけた名称です。

いろんな識者が考え出した呼称でしょうが、まさにこれ以外の名は考えられないほど、ピッタリと合っています。ですから江戸小紋といわれるものは、まず渋紙で型紙をつくり、それに錐彫り、突彫り、引き彫りなどの技術を駆使して型を彫ります。そして、防染糊を使いながら型送りという手法で、ヘラ染をするのです。

さらに染色は単色の引き染めか、しごき染め。型紙はむろん1枚ですが、縦15センチの小さな紙ですから、一反染めるのにたいへんな苦渋をなめねばなりません。」

泰流社「江戸小紋」29頁より引用

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江戸小紋を学ぼう~ その1

機会を得ることができましたので、江戸小紋についての情報をアップしてゆきたいと思います。
よろしくお願いいたします。

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私が江戸小紋に興味を持ったきっかけは、田中優子「きもの草子」です。

「江戸小紋はビジネススーツのようなもので、地味で日常的な着物である。しかし、いいものは細やかに創られていて飽きが来ない。色も微妙で色数が多い。私の江戸小紋は紫でもあり臙脂(えんじ)でもあり深い紅でもあり、それらを合わせた色で、光線の加減で濃くも見え、また明るくも見える。江戸小紋は微妙な穴をあけた型紙で染めるため、その点(ドット)の配置によって違ってくるからだ。」(同書42ページより引用)

田中さんは法政大学の社会学部の教授です。自分は学者であって本を買うためにお金を使うから、着物は買わずに母や祖母のお下がりを着るのだと決心されていたのだそうです。しかし、一目ぼれのように当該江戸小紋を購入してしまった、そんなことが書いてあったものの一部が上記の文章です。

江戸小紋は色数が多く光の加減で変わって見える?
それはどういうことなのでしょう。
そもそも江戸小紋とはどういうものを指すのか、それから理解しなくてはならないでしょう。
調べてみると、江戸小紋と呼ばれているものであっても、最近は型紙を使わない方法も多いのだと判りました。機械で印刷(機会捺染=ローラーに型紙をセットして回して印刷する)したり、シルクスクリーンで色を置いたりする方法だそうです。

とりあえず、ここでは伊勢型紙を使った旧来の江戸小紋について話を進めてゆきたいと思います(手前味噌的でゴメンナサイ)。

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